1.トライスの大きな家

 「よかったー。まだ解かれてないみたいだね!」
 フィービットの案内にしたがってワーイス大陸南端の洞窟――トライスの東へと向かっていたケシー達だが、周囲の様子は穏やかだ。ここに至るまでまだ一度もモンスターとも遭遇していない。昨日までいたネアローギ大陸ならば何度モンスターと遭遇していたかという距離を駆けてこられた。
 リシアの足を止めての判断ももっともだった。
「来たはいいけど」
 ケシーは遠めに洞窟の存在を確認した。静かにぽつんと異様な存在感を漂わせて鎮座している。やはり、その洞窟入り口のためだけに作られたかのような岩山だ。
 ワーイス大陸西端の洞窟の封印が解かれたのが本当だとすれば、次に「鍵」の人物が封印の解除に訪れるのはここである。
「これからどうする?やつらが次に来るのはここなんだろうけど、ここに張り込んでみるにしたってちょっと準備足りないよな」
 ええ、とカーラが答えた。
「トライスに戻って色々調達した方がいいと思います。私たちが離れている間に封印が解かれないかは不安ですが、ここで別れるのも少々危険な気がしますから」
 またあのリシアの封印の解除の時のようになったら確かに大事だ。
 全員で頷くと、心持ち足早にトライスへの道をたどった。

 船から下りてすぐ、きちんとトライスの町を見ることができなかったが改めて見るとパラグロフには遠く及ばないがアーノ並の繁栄を見せており、モンスター出現の混乱も収束したのか潮風に陽気な声が乗せられていた。
 やはり港町だけあって物の流通も盛んなのだろう。露天商が道にひしめくように店を並べ客を寄せていた。
「うっわあ、すっごいね!お店があるあるあるある!」
「本当ですね。あ、綺麗」
 リシアとカーラが黄色い声を上げて並ぶ商品を輝いた瞳で見る。
 それを見てケシーは一つ息をついた。
「おいおい、目的忘れるなよ?」
「わかってるって」
 上の空でリシアが答え、ケシーは更にため息を重ねた。
「ケシー」
 どことなく落ち着かない風をして後ろを歩いていたフィービットが声を掛けた。
 ケシーは振り返ってどうした、と尋ねる。
「悪い!ちょっと用を思い出した。三人で買出しをしていてくれ!」
 唐突にそれだけ言うと、フィービットはケシーが止める間もなくどこかへ走り去ってしまった。
「……何、今の?」
 リシアがフィービットの背中を見て呆然とする。
 カーラは見ていたアクセサリーから顔をあげて言った。
「フィービットさん、以前にこの町に来た事があるようでしたからそのときの事ではないでしょうか」
 そんなものかともっともらしい答えを聞いてケシーとリシアも納得し、何かと足を止めたがる二人をどうにかひっぱってケシーは必需品の買出しに向かった。
 さすがに露天商たちから離れるとリシアもカーラも真面目に買いだすべきものを挙げていきそれにしたがって買い物を勧めることはできたが、いかんせん二人とも名残惜しそうだった。

 「買ったねえ」
 三人の手にいっぱいの荷物を抱えリシアが満ち足りた声で言った。
 今までモンスターと戦い得た分の収入はといえば宿代と武器整備くらいにしか使っていなかったので結構な貯蓄があった。
 そしてここぞとばかりに買い込んだのだが、結局二人の名残惜しげな視線に負けて露天商などで張り込みに必要なさそうなものまで買っていた。まあたいした用途もないのだし、二人とも喜んでいるようだからいいかとケシーは思う。
 紅く染まり始めた空は穏やかな倦怠感をはらんでいる。
「あ、そういやフィービット用事があるとか言ってどっか行ったきりだけど、どうやって合流するつもりだ?」
「さあ……。でもフィービットがこの町に詳しいならどこかぷらぷらしてれば会えるんじゃない?」
 カーラがふと足を止めて見上げた。
「まあ、大きな家……」
 ずっと白塗りの壁が続いているかと思えばどうやら一軒の家の敷地だったらしい。
 立派な門構えに黒い瓦屋根のどっしりとした家が建っていた。あまり見たことのない建築様式である。
「へえ、変わった家だね。えーっと、マストンドさんの家?」
 リシアが木彫りの表札を読み上げた。
 あれ、とケシーは眉をひそめた。
「どうしたんですか?」
「いや、マストンドってどっかで……マストンド、マストンドー。どっかで聞いたことある気がする。どこだっけ」
「私は聞いた事ないよ」
「私も」
 二人の返答が会ってからも、ケシーは考え続けたがいまいちぴんとこない。
「結構前……いや、最近か?聞いたんだけど」
 あと少し。
 しかしそれが出てこない。
 鼻の辺りがむずむずするような軽い苛立ち。
「ダメだー」
 ケシーは詰めていた息を長く吐いた。
「まあ、とにかくこんな豪邸に住んでる人も世の中にはいるってコトだよ、うん」
 リシアは一人うんうんと頷くと、先をすたすた歩く。それを追う形でケシーとカーラも歩き始めたのだった。

 「いないなー……」
「いないねー……」
「いませんねえ……」
 三人分のため息が吐き出される。日もとうに地平線の彼方に姿を消し、余情を藍に塗り替えられた空の端の赤に残すのみだ。
 フィービットにいつまでたっても会えない。同じ風景を何度も見るくらいには歩き回ったのだが気配すらない。
「どこいったんだかなあ……」
 もう一度深くため息をついたとき、後ろから声がかかった。
「悪い悪い、すっかり買出しを任せてしまったな」
「フィービットさん」
「おっそいよもう!探し回ってへとへとー」
 ほっとした顔を見せるカーラと口を尖らせるリシアにフィービットは軽く苦笑しながら謝った。
 そしてケシーは気付いた。
 思わずフィービットの顔を凝視する。
 自分が見られていることに気付いたフィービットは首をかしげた。
「どうした、ケシー……」
「っあーー!!思い出した!」
 いきなりフィービットを見て叫んだケシーになんなんだと三人は瞳を丸くする。
「な、何ケシー、いきなり叫んで」
 リシアの言う事も耳に入らずただフィービットに畳み掛ける。
「おま、お前って確か、フィービット・マストンド……だったよな!?」
 マストンド、とリシアが口の端にのせて、そしてケシーと同じように叫んだ。
「マストンド……って、ええーーッ!?」
「まあ……」
 それぞれの反応に思い当たる節があるのか、フィービットは苦虫を噛み潰したような顔をして頭をかいた。

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