2.第一の伝説


 昔、この世は「魔」に満ちていた。あらゆるところに化物がはびこり、そしてそれらを治める十の魔王がいた。
 まだかろうじて「人の世」と呼べるものの、一体いつこの世界が彼らのものになってしまうかわからないほどに、彼らの勢力は日々日々増していた。人々も疲弊していた。化物はいくら倒しても後から後から湧いてくる。何の意味もなく人を襲い、喰らう事もある。手の施しようがなかった。
 そんな中、四人の勇者が立ち上がる。
 化物は倒しても一向に数が減らない。
 そこで彼らは魔王に戦いを挑んだ。十の魔王を倒せばあるいは化物たちはいなくなり、「人の世」が完全なものになるかもしれない。怯えて暮らす日々はなくなるかもしれない。そんな望みを胸に。
 ところが魔王は倒そうとしても倒そうとしても倒れない。勇者達はなんとか魔王を洞窟に封印することに成功した。一人の魔王を封印するとまた次へ。そういう風にしてついに勇者達は十の魔王、全てを封印することに成功した。
 平和が戻ったかのように見えた。
 しかし唐突に空が暗くなると不気味に稲妻が走り「統べる者」が降り立った。
 戦っても倒せない。封印も簡単には行かない。
 四人の勇者は悲しい選択をした。
 自らの命と引き換えに「統べる者」を封印したのだ。
 世界は「魔」のない世界となった。平和は訪れた。
 人々はこの四人への感謝を表し、代々語り継いだ。
 こうして伝説は現在も残っている。もはや子供のお伽噺となってしまっているが、しかし実際に残る十の魔王と「統べる者」を封印したという十一の洞窟と共に。

 「っていうあれか?」
 ケシーは昔絵本か何かで読んだ話の概要をざっと口にした。絵本で読んだ時は勇者達は生き返ったのだけれどそれは子供向けで、世間一般では死んだままなのでそこだけを入れ替えて。
 ケシーたちの住んでいたワーイス大陸にはあまりこの伝説は詳細に伝わっていない。
 正直疑い半分冗談交じりに話したのだが、リシアは酷く神妙な顔で頷いた。
 とても笑いたくなるような話しだ。子供の夢ではあるまいに。
「私も初めはそう思ったよ。夢物語だって。でもあながちそうじゃない。確かに洞窟も残ってる。私がいたあの洞窟、そのうちの一つなんだよ」
「え!?」
「さっきどうやって世界を滅ぼすのかって聞いたよね?答えは、その『統べる者』を復活させて、だよ。伝説とはちょっと違うけど、魔王を全員復活させることによって、統べる者を呼ぶこともできるみたい」
「そんな、馬鹿な話……」
「あるんだってば。こればっかりは信じるしかないけど。えーっとね、私やルアちゃんは『鍵』だった」
「『鍵』……?」
「そう。なんか基準はよく知らないけど、私の魔術とかさ、あと……きいた?ルアちゃんが」
「ああ、喋れるってヤツ?」
「うん、そういうまだ赤ちゃんなのに喋れるとかね、特別な力、みたいなのを持つ人は『鍵』になりうるんだって。『鍵』っていうのは洞窟の封印を解く鍵。つまり魔王を復活させるための『鍵』っていうわけ」
 だんだんと話に置いていかれているような気がした。非現実もここまでくるとどこかおかしい。信じたくないと拒絶するよりなんだそれはと笑い飛ばしたくなる。しかしリシアの表情はいたって真面目だ。
「それで、私はあの洞窟で何をさせられてたかって言うと、その封印をといてたっていうわけ」
「魔王!?じゃあ、なんだよ。もう復活しちゃってんのか!?」
「うん。でもそんな目に見えるようなものじゃなくって、さっき言ったでしょ、モンスターが出てくるってわかってたって」
 リシアの言葉をフィービットが引き継いだ。
「つまり、魔王を復活させるとモンスターが現れる。十数年前には存在しなかったモンスターが今こんなにも溢れているのはその封印とやらを誰かが十数年前に解いたからということか。そしてその誰かというのは……」
「うん。それがギルバーツだった。で、洞窟は確か私が封印といたのでえーっと六、七ヶ所目だったかな」
「洞窟の数って……魔王の数と同じだから十だろ?もう半分越えてるじゃないか!」
「でも、洞窟には、なんだろう、適正っていうのかな。そういうのがあって一人一ヶ所しか解けないし、それに人を集めるのだって楽じゃない。十数年かかって六、七ヶ所だよ?私の知る限りではもうあと一人二人揃えばいいっていう状態だったけど、組織事態はたいして大きくないみたいだし、そこまで焦る必要もないと思う。単純に考えれば、一年に一人も集まってないわけだし」
「え?組織は大きく……ないのか?」
「どうした?ケシー」
「いや……」
 何かが引っかかる。何か。確かいつだったか自分は組織を大きいものと決め込んだ。そのきっかけは、なんだったのか。
 思い出せない。
 考えても思い出せないのでリシアに先を促した。
「うん。まあ、今のは現実味のない話にちょっと現実味をいれただけなんだけど。でも私が知ってることはだいたい出しちゃったかな」
 すっとぼけているのか、本当に忘れているのかは知らないが、ケシーはリシアを睨んだ。
「いや、まだ聞いてないぞ。どうして姉貴があそこにいたのかとか、どうしてリシアはあんなのに乗っ取られてたのかとか」
「え、えー?あはは、話してなかったっけー?」
「とぼけんなって!」
 リシアは泳がせた目を落ち着かせると観念したように話し始めた。あまり進んで話したくない内容らしい。
「まあ簡単に言っちゃうとラナケアさんとルアちゃん解放の代わりに、私の体をサリオルに乗っとらせてもいいっていう約束……だったんだよね!うん、それだけそれだけ!」
 軽くめまいを覚える。
 前々からあまり我が身を省みないヤツだとは思っていたがまさかここまでとは。リシアが再び自分の体に戻ってこられたのはただ運がよかった、それだけなのに。
「……何か戻ってこられるっていう確証はあったのか?」
「え?な、なかったけど……。ま、まあこうやって戻ってこられたんだし、終わりよければ全てよし、っていうじゃん!ね!」
「だからお前はなぁッ!!」
「……痴話喧嘩は後にしないか?」
 フィービットが口をはさむ。
「痴話喧嘩なんかじゃないって!」
 二人の声が重なり、フィービットは痴話喧嘩をするやつはそういうのがお決まりだよな、と一人ぼやいた。
「ちょっと質問していいか?どうしてサリオルをとり付かせる必要があったんだ?」
「あっ、そうだ忘れてた。ありがと、フィービット。やつらの最終目的は統べる者を復活させることだって言ったよね。その統べる者もサリオルたちの世住人なわけ。サリオルが言ってたような気もするんだけど、あっちの世界の住人はこっちの世界ではその力を充分に発揮できない。だからこっちの世界の何かをのっとる。それがモンスターなわけだけど、ギルバーツは統べる者をとり付かせるのは力ある者にしようとした。それが、人。でも人に取り付かせることができるのかはわからない。だから私を実験台にしたってこと」
「統べる者を取り付かせてやろうなんて奇特なやつがいるのか?」
「その気になったらあの組織の全員、誰でも望むと思う。でも、何よりギルバーツが望んでる」
「そうか……」
 フィービットはしばらく黙り込むと、言った。
「もう少し、その伝説について調べたほうがよさそうだな。誰も詳しいことは知らんだろう?時間がまだあるなら、ザットあたりの図書館に行けば充分調べられると思うのだが」
「ザット……って、ああ。『学問の町』か。なるほどな」
「そうだね、名案!ザットってたしかこの大陸だし」
「では、リシアの抜糸が終わって、ケシーが動けそうになったら行くとするか」

 物語は新しい方向に動き始める。

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