1.目覚めれば物語

 もういい加減に目を覚まさなければ。と寝すぎた朝のようなことを考えてケシーは瞳を開いた。いつも以上に焦点が合わない。世界がぼやけて見える。
 眠る前に自分が何をしていたのかなかなか思い出せなかった。いつものようにベッドに入った覚えはない。むしろ全く違うところで眠ったというよりは気絶していたような。
(そうだ、俺、リシアを……?)
 妙な声が頭に響いてきて、己が剣で幼馴染を、リシアを突いた。そしてそのままその場で気絶したはずなのだが。
 間違いなく今いる場所はベッドだ。まだ意識がはっきりしないものの、この感触はあの洞窟の地面ではない。
 あの後何が起こったのか、サリオルは、黒ずくめは、フィービットはどうなったのか。そしてリシアは……。
 寝ていられなくなって思わず身を起こした。
「いてっ!」
 体の節々が痛む。そういえば、あまりにも必死でそして信じられなくてほとんど覚えていないが相当な戦いをしていたのだった。痛むのも無理はない。見えたのは見慣れない部屋だった。小部屋だが、この一室で全てが完結しているような、そんな部屋。こういうつくりは知っていた。これは宿だ。
(なんで……)
 わけがわからず目を白黒させていると、自分の右手にあった、おそらくは宿の廊下に通じるであろう扉が開いた。そちらに目をやると一人の人が入ってくる。それは。
「ケシーっ!!」
「り、リシア!?」
 まぎれもなく、どこをどう見ても、離れ離れになっていた幼馴染リシアだった。おかしい。というのもおかしいが、確かに刺したのだ。あの剣で、胸を。考えたくもなかったが、生きているのはおかしいのだ。生きていたにしても、ケシーより早く目覚め、その上こんな風に歩き回っているのはおかしい。よっぽど重傷なはずだ。
 しかし、リシアは水差しを片手に駆け寄ってくる。
「よかったぁ、目、覚めたんだね!お医者さんは命に別状はないとか言うけど、二日も目ぇ覚まさなかったから心配しちゃったじゃない!」
「え?何があったんだよ?お前は大丈夫なのか?確か俺、お前を……。それにここどこだよ?フィービットは?」
「ああもう、いっぺんに全部聞かないでよ!私はご覧の通り大丈夫。ここはリードルグの宿屋。フィービットはいるよ。何があったかは、えーっとフィービットも呼んでくるから待ってて。その方が説明しやすそうだし、フィービットもケシーのこと心配してるわけだし。あ、お水いる?ついでなんだけどさ」
 リシアは片手にある水差しをケシーに押し付けると部屋から慌しく出て行った。
 何やらリシアの勢いに押されて何もいえなかったが、ぷっと一つ笑った。
 枕もとの小机に置いてあったコップを手にとるととくとくと水をそそぐ。
 まさかこんなにも簡単に日常が戻ってくるとは思わなかったから。リシアが変わらない調子であったのがとても嬉しかったから。
 飲んだ水は喉に冷たかった。

 「ケシー。起きたか」
「フィービット」
 どうやら相当喉が渇いていたらしく、調子に乗って三杯飲んで気持ち悪くなった頃、リシアがフィービットを連れて帰ってきた。フィービットも元気そうだった。そのことにもほっとするが、何があったのか本当に分からない。
 リシアとフィービットは部屋の中の椅子をベッドの脇に引っ張ってくるとそれに座った。
「で、何があったんだよ。俺が気絶してる間に。……あと、なんでリシアは無事なんだ?サリオルはどうなった?あとそもそもどうしてリシアはあんなことになってたんだよ。それからギルバーツ……」
「だーかーらー!いっぺんに聞くなって言ってるじゃない!」
「ハイ」
 フィービットは一つ苦笑いをして見せると、話し始めた。
「俺にはよくわからんがな。お前が刺したのは彼女……リシアの中に入っていたサリオルだけだったらしい。だからリシアは無事だし、その刺した時の外傷も見当たらない。サリオルは……おそらく滅びただろうな」
「そうそう。私もわからないんだよね」
 リシアは刺された辺りに手をあてる。
「確かに刺されたって思ったんだけど、でも感覚はなかった。全部目で見ただけって感じで。血も出てないし」
「そっか。なんか、刺す前に頭の中に声が聞こえたんだよな。ザンマのチカラを君に授けようだとかわけのわからない声が。幻聴だったって言えばそれまでだけどそれだけじゃないような気もするしな。関係あるかもしれない」
「ザンマか。あの状況を踏まえて考えられるとすれば魔を斬る。それなら都合もつくが」
「まあわからないこと悩んだってしょうがないよ。とにかく、ケシーに刺された後に私は割りとすぐ気がついたの」
「あ、そういえばリシア」
 話の腰を折られて微妙な顔をしながらもリシアは何、と尋ねる。
「その、刺したときの傷は大丈夫だって言ってるけど、斬った時のは……」
「ああ、あれ?あれは」
 リシアは腕をあげる。そこには生々しくも縫った後が残っていた。
 ケシーは自分がやった事とはいえ青ざめる。よくある、おヨメに行く前の体に――という状況に自分が追いやられるとは思ってもみなかった。
「足もこんな感じ」
「うわ、ごめんっ!ほんっとごめん!!」
「いいってあの時も言ったじゃん。あ、でも責任とって貰うとか私、言ったよねー。どーやってとってもらおっかな?」
 口調が軽いのが妙に怖かった。
「そうだ!」
「な、なんだ?」
 リシアは何かを思いついたかのように声を上げたが、また後でねと元の話に戻してしまった。気にかかってしょうがない。
 困ったことを言われなければいいのだが。それはある程度なんでもするつもりではいたが、どうしようもできないことを言われてもどうしようもないのだ。
「話、戻すよ。とにかく私は気がついて、私の中身が私……リシアだってわかったら黒ずくめもその場からさっさと逃げちゃったわけ。それで、ここの経緯はなんかギルバーツの目的なんやらとひっかかっちゃって長くなるから飛ばして、とにかくあの洞窟の奥からモンスターが吹き出てくるのを私は知ってた。だからフィービットと一緒に気絶してるケシーを担いで、いそいで洞窟を出て一番近いリードルグまで来たってわけ」
「迷惑、かけちゃったな」
 どうにも一人気絶していたことは格好がつかない。しかも怪我をしているリシアやフィービットに担がせてというのもまた。
 しかしリシアは首を軽く横に振った。
「そんなことないって。ケシーがいなかったら私の中にはサリオルが入ったまんまで、無闇に私の力を使ったかもしれない。充分すぎるくらい」
「俺だって迷惑なんて思ってないさ。どう考えてもお前の方が頑張ったからな」
「……サンキュ」
 ケシーはなんとなく照れくさくなって口の端を上げた笑みを浮かべるとそれだけ言った。
 そしてここからが本題だとケシーは表情を変え、リシアに問い掛けた。
「それで、肝心のギルバーツの目的はなんだったんだ?どうして姉貴……いやルアちゃんか、とかリシアを攫わなけりゃならなかったんだ?」
「そう、俺も気になっていたんだ」
「え?あいつらの目的がルアちゃんだったって知ってるって事は……ラナケアさんに会えたの?無事だった!?」
 リシアはケシーに掴みかかるような勢いでつめよった。
「あ、ああ。元気そうだったよ。まあ、義兄貴のことは、アレだけど……。そういえば、お前が逃がしたんだって?どういうことだよ」
「無事だったんだぁ。よかった。あ、私の行動に関してはもうちょっと待ってよ。ややこしくなっちゃうから」
「話を戻さんか?奴等の目的というヤツに」
「ああ、うん。そう……だよね。えーっと」
 歯切れの悪いリシアの様子にケシーは首を傾げたが、リシアは続けた。
「もしかしたら聞いちゃうと後には引けなくなっちゃうかもしれないよ?むこうは前からケシーの事知ってるし、フィービットの事もきっとこの前のでむこうに知られちゃってるから」
「望むところだ。このままではすっきりせん」
 フィービットの言葉にケシーも頷く。リシアはなんともいえない顔をした。嬉しさだか申し訳なさだかが一緒になったような顔だ。安堵ととれなくもない。
「ギルバーツの目的は、世界を滅ぼすこと。この世界に封じられた十の魔の王を甦らせる事によって、それらの更なる王、統べる者を呼び起こす。そして世界を完全な滅亡へと招くこと。それが、ギルバーツの目的」
「世界を、滅ぼす……?」
「滅ぼすのか?支配するなどではなく。自らの存在をも消してしまおうというのか?」
「そう。ギルバーツはこの世界を消そうとしてる」
 世界を消すだなんて思ってもみなかった。そもそもギルバーツの目的というものを気にしたことすら少ない。いつもラナケアやリシアを追いかけるので精一杯でそれ以外のことには頭が回っていなかった。
 しかしなぜ自分の権力は求めず、その上我が身を滅ぼしてもいいという決意までして世界を消さなければならないのか。そんな理由は思い浮かばなかった。
 また、黒ずくめ、というギルバーツの手駒がいる。彼らはきっとギルバーツに賛同した上でああいった動きをしているのだろう。黒ずくめたちを賛同させる何か特別な理由があるのだろうか。
「リシア、理由は知ってるか?」
 ケシーに問われ何かを飲み込んだようにリシアは黙る。
 そしてゆっくりと口を開いた。
「ごめん。私、あんまり嘘つくの得意じゃないからはっきり言っちゃうと、知ってる。でも、言えない。言いたくない」
 予想外の答えがリシアの口からつむぎだされる。ケシーもフィービットも目を丸くした。その理由を知ることがよもや自分達の不利になるとは思えない。
 それに言いたくない、といったからにはリシアの意思が関係している。強制ではなく、言いたくない、のだ。
「なんでだよ?」
「……ほんとに、ごめん。言えないの。でも理由はどうであれ、世界を滅ぼすなんて馬鹿げた考え、止めさせなくっちゃいけないんだよ」
 わからない。リシアはギルバーツをかばおうとしているのか、そうではないのか。
 しかし考えてもしようのないことだとケシーは頭を振った。とりあえずリシアを信じてみよう、と。
「わかった。聞かない。でも一体どうやって滅ぼすんだよ?」
「そうだな。滅ぼす、というのは支配する、ということよりあるいは難しいかもしれん」
「……もう一回だけ聞くね。まどろっこしいけど。私はもう深入りしすぎちゃったし、この世界が滅びちゃうのもヤダ。だからこのことに首を突っ込むよ。でも本当にケシーはいいの?フィービットはいいの?」
「いいっていってるだろ?それに世界の危機だってのにリシア一人にまかせておけるかって」
「ああ」
 しかし、世界の危機といったところでたいした実感も湧かない。リシアの続きを待った。
「ありがと。実を言うと一人だったらどうしよう、って思ってたんだよね。それでさっきの責任問題とか使おうかなーって思っちゃったりして。でも命に関わることだろうから一応聞いておきたかったんだ」
 リシアはちょっと照れ笑いを浮かべながらそう言って続けた。
「言ったよね。封じられた十の魔王を復活させるって。封じられた魔王って何か聞いたことない?」
「それは、あの『伝説』のことか?」
「ピンポーン。そう、その伝説なんだよ」

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