4.マイペースな御仁 「あの、あなたは?」 唐突に現れ窮地を救ってくれた女性にリシアはあっけにとられたまま問うた。 「私はカーラ・アスンクといいます」 リシアより少しばかり年上に見えたその人は穏やかにそういうとぺこりとお辞儀した。 リシアも慌ててお辞儀し返す。その間にケシーとフィービットも二人に寄ってきた。 「えっと、どうして私たちを助けてくれたの?」 「え?あなた方が悪い人たちに襲われていたから、ですけど」 さも当然というようにカーラは言った。 フィービットが不審な顔をしてさらに尋ねる。 「なぜ向こうが悪いと分かったんだ?」 「だって、あんな上から下まで黒い服を着て、いかにも怪しいじゃないですか。そういう時は向こうが悪者って相場が決まっているんですよ」 表情はあくまで朗らかだ。 しかしその思い込みもどうかと思うとケシーは内心突っ込んだ。 一風変わった救世主は、相変わらずのマイペースであ、でもと続けた。 「妖精に好かれている方が、悪い人なわけありませんから」 一つ間があく。 もう一度言われた言葉を繰り返して考える。 「よ、妖精ぃー?」 三人の声が重なった。 どういうことなのか、ケシーが口を開こうとした時。 「あ、皆さんどこへお向かいですか?」 「ト、トェモ……だけど」 カーラは嬉しそうに顔の前で一つ手を打った。 「トェモには私の自宅があるんです。よろしかったら寄っていきませんか?」 「寄っていきませんか……って、どうしてそうなるの?」 カーラのペースはわからない。リシアは自分も結構人を振り回す方だとは思っていたが、カーラにはそれ以上のものを感じる。何があっても自分のペースを乱しそうにない雰囲気が漂っている。 しかしあって間もない人間を招こうと思うだろうか。 「ちょっと、私から皆さんにお話したいことがありまして。妖精のことも含めて。それに、そちらの方怪我してらっしゃるでしょう?」 カーラはケシーを見る。 「へ?俺?」 ケシーは慌てて怪我している箇所を探す。自分で気付かないなんて相当間抜けだ。 「あ、ほんとだ……」 手首の甲に浅い切り傷があった。じんわりと血がにじんでいる。たいしたものではない。しかし、気付いてしまうとじくじく痛み出す。 結局、第一の目的地でもあることだしカーラのお言葉に甘えることにした。 トェモは話に聞くとおりの少々寂れているがのどかな雰囲気の漁村だった。浜が近く潮の香りに満ちていて、さざ波の音も常に聞こえた。森の中にあり、海とは面していないラッカンスに住んでいたケシーとしては不思議な気分だ。 カーラは村の中を歩き続け、一軒の家の前で立ち止まった。 「狭いところですがどうぞ。家族はいませんのでお気遣いなく」 家は一人で住むには広く思われた。現に机の周りには椅子が三つ置いてある。おそらくは彼女の父母の分だろう。 カーラはお茶を淹れてきますからと奥に引っ込んでしまった。残された三人はどうしようもなくただぼうっと突っ立っている。どうしても他所様の家、しかも知り合って間もない人の家は躊躇わずにはいられない。 結局カーラがお茶を持って帰ってくるまで三人は間抜けにもずっと突っ立っていた。 「座っていただいてよろしかったのに」 「え、いや、でもねえ」 カーラはどこからかもうひとつ椅子を引っ張ってくると、座ってくださいとうながした。今度はさすがに座る。 カーラの入れてくれた熱いお茶をずずとすすった。 そこでケシーは、はたと思い出した。よく考えればここに来たのはお茶を飲みに来るためではない。カーラが妖精云々の話を持ち出した上、なにやら話したいことがあるといってきたからである。 「えーっと、それでカーラ……って呼んでいいのか?」 「ええ、どうぞ」 「カーラの言ってた妖精とかってなんだ?それに俺たちに話したいことって」 「それは……あ、その前にすみませんがお名前を教えていただけませんでしょうか?」 あ、と三人は声にならない声をあげた。思い出せば、名乗らせておいてこちらからは名乗っていない。やりとりからそれとなく察しているかもしれないが、正式にはまだ何も言っていなかった。失礼にも程がある。 「あ、ゴメン。俺はケシー・スィンド」 「私はリシア。リシア・クレファンス。よろしく!」 「俺はフィービット・マストンドだ」 「えーっと、ケシーさんにリシアさんに、フィービット……さん?でよろしいですか?」 「ああ」 ありがとうございました、とカーラは言う。 なんとなくケシーは気が引けた。先ほどは、歳も近そうなこともあってフィービットの時を思い出しカーラでいいのか、なんて聞いたが彼女はさん付けだ。よくよく考えれば、いいのか、と聞いてダメです、と答えられる人も多くないだろう。特にカーラのような性格ならなおさら。 「えっと、ほんとにカーラでいいのか?さん付け……とか」 「あ、もちろん構いません。私のは地でこれなんですよ」 はあ、と思わず間の抜けた返事をする。正直、常にですます口調で話す人は初めて見た。なんとなく不思議な気分だ。 「それで肝心のお話でしたね。まず妖精ですが……、あの、リシアさん?」 「私?」 自分を指差すリシアにカーラは頷いた。 「ええ。あなたひょっとして妖精が見えるのではありませんか?」 |
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