Second Legend 番外編
世界が変わってしまった 前編


 「人嫌いなんだよ」
 と、彼は照れ笑いを浮かべながらそう言った。
「人嫌いなのに行商人なんてしているの?変な人ね」

 ラッカンスの村は片脇を山地に、片脇を森にはさまれた随分と辺鄙なところにあった。他の街や村からも少々離れたところに位置しているので、生活は自給自足に加え、ものを売りに来る行商人や村の小さな雑貨店でまかなっていた。あまり外に出ようとしないのは風潮である。
 その日来たのは少し変わった行商人だった。人がよさそうで親しみ易く随分若い行商人だ。歳はラナケアよりも少し年上のようだから、二十の前半だろう。二三日滞在するのだと、物を売りに来たついでの世間話で母に話していたのを聞いた。
「あら、随分と品がいいわねぇ。こんなんで商売になるのかしら?」
「どれ?これでいくら?え?それだけ?なんだか人がよさそうな人だったけど、ほんとに人がいいのかしら?よく商人なんてやっていけるわね」
 ためしに、と母のフースが買った品を見てラナケアは感心した。こんな値段では彼の生計は成り立たないのではないだろうか。
「でも結構長くあの道をやっているみたいよ」
「へぇ、凄腕じゃない。あんな顔で」
 ラナケアがふうんと感心していると、扉を一枚隔てた向こうから、父の声がした。何か用事があるのだろう。
「あら、お父さんが呼んでるわ。そういえばケシーはどこ行ったの?」
 そういえば弟の姿を見ていない。どこかへ行ってくるということを誰にともなく言っていたような気もするが聞いていなかった。それでもなんとなく見当はつく。
「知らないわよ。いちいち言いにこないって。どうせリシアちゃんのとこじゃない?」
「相変わらず仲がいいわねぇ」
「ほんと、嫉妬しちゃうわ。私だってリシアちゃんと遊びたいのに。じゃなくって、お父さん呼んでるんでしょ?」
「そうだったわ」
 そう言ってフースはばたばたと父の部屋にかけこんでいく。
 手に持った品を見てラナケアはため息をついた。
「私もどっか行ってこようかな」
 狭い村の友人を思い浮かべながらラナケアは外に出た。ただ、暇だった。

 ラナケアはもう一度深いため息をつく。友人達は全員留守にしているか、用事の途中だった。ついていない。弟とリシアを見つけてからかって遊ぼうかとも思ったが、雑貨店の人に聞いたところリシアは彼の元で日替わりバイト中だった。一人暮らしの彼女は自分で生活資金を稼がなければならない。同い年の弟とは随分な違いだ。
 となればケシーもそれを手伝っているか、他の友人のところにいるか、はたまたぶらぶらしているのだろうが、ケシーだけを見つけても面白くない。今更弟と遊ぼうというほど子供ではない。弟だって嫌がるに決まっているのだ。
「つまんないー、全く」
 横髪は肩口で切りそろえ、後ろはただ伸ばしている金の髪を指に巻きつけ遊ぶ。足はどこへともなく歩いていた。

 村に接している森の入り口に立った。そういえば、ここしばらくは近くに寄ったことすらなかった。子供の頃遊びまわってすっかり地理は頭に入っている森に久しぶりに入ったら何かあるだろうかと考えていると、視界の端に人影が映った。
 例の行商人だ。木の根の上に腰を下ろしている。
 ふと興味が湧いた。
「行商人さん!」
「ぅわ!」
 ばさばさ、と鳥が飛び立つ。どうやら彼の腕か何かに止まっていたようだ。動物が近くに寄ってくる人ということは、ますますいい人ぶりに磨きがかかってくる。
 こんなに驚かせるつもりもなかったのだが。
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃいました?」
「えーっと、あなたは?」
 行商人は灰色の瞳でラナケアを見上げた。きっと上背はあるだろうが、座っている彼と中腰のラナケアとではそうなってしまう。
「私はこの村に住んでるラナケア・スィンドっていうんです。なんかこんなに若い行商人さんも珍しいなぁって思って」
「俺、いや私は」
「あの、お年は?」
「は?ああ、二十六、ですけど」
 想像よりも歳は上だ。
「若作りですね」
「って!言うことはそれか!」
 ラナケアはふっと笑う。
「その方が話しやすいでしょう?七つも年下の小娘なんかに敬語使う必要ないですよ」
「え、ああ。でも商売だし」
「今は関係ないでしょ?」
「まあ、それもそうか。それなら君だって敬語なんか使わなくていいよ」
 ラナケアはあたかもそれが目的であったかのように満足げに微笑んだ。
「そう?じゃあ遠慮なく。それで、名前は?」
「って、君が茶々を入れるから言えなくなったんじゃないか。俺はファーマス。見ての通り町々を渡り歩く行商人だよ。出身はネアローギ大陸のほうだけど、今はこのワーイスを中心に歩き回ってるかな」
 ラナケアは隣に座ってもいいかと聞き、同じように木の根元に腰を下ろした。
「ラナケアはどうしてこんなところに?村はずれじゃないか」
「友達がみーんな都合悪くって暇だったからぷらぷらと来たの。昔よくこの辺で遊んでいたのよ。ファーマスは?なんか、鳥と一緒にいたみたいだけど。動物好きなの?動物もあなたが好きみたいね」
 また、少しずつ周りに鳥が集まり始めた。
 ファーマスは指で鳥を誘うと、鳥も彼の指にちょこんと乗った。
「うん。人嫌いなんだよ。どうも話すのが苦手でね。動物のほうが気が楽だな」
 指の上を跳ねる鳥を見つめ、照れ笑いを浮かべながらそういう彼に、ラナケアは少し大袈裟に呆れてみせる。
「人嫌いなのに行商人なんてしているの?変な人ね」
「変、かな?……うん、変だな。俺は」
 少し表情が翳ったファーマスを見て、特に他意なく言った言葉がまずかっただろうかとラナケアは眉をひそめる。
「気に障ることいっちゃった?ただ、どうしてわざわざ行商人なんて選んだんだろう、っていう意味だったんだけど。もし気に障ってたらごめんなさい」
 ファーマスは痛みを堪えるような笑みを見せて顔の前で手をパタパタと振ってみせた。
 余計に罪悪感を感じてしまう。人と話すのは苦痛なのだろうか。
「いや、いいんだよ。慣れてるし。それより日が暮れてきた。日が暮れると暗くなるのは早いから、もうそろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?なんなら送っていくけど」
「あ、ほんと。母さんの手伝いしなきゃ。送ってくれなくっても大丈夫。こんな村だから危ないこともないわ」
 ラナケアはすくりと立ち上がって、慌てて駆け出すが、ふと気がついて振り返る。
 ファーマスの栗毛は夕陽に煌いて金に見えた。優しそうな風貌で、誰からも好かれそうなのに人嫌い。面白い人だとラナケアは思った。自分も実は迷惑なのだろうか。
 行商人もやってそれなりの業績も上げ、自立しているのだからこんな風に思うのは失礼かもしれないが、どことなく頼りなくてほうって置けない人、という印象がついた。歳の差こそ向こうが上であれ、長年の姉としての気質が出たのかもしれない。かまいたくなった。
「ねえ、ファーマス。明日も何か話しましょうよ。まだもうちょっとここにいるんでしょ?私、この村から出たことないから、他所の村とか町とかのこと知りたいな」
 彼は一瞬きょとんとしてから優しく微笑んだ。
「かまわないよ」
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日。ラナケア」
 軽く手を振っているファーマスに手を振り返すとラナケアは自分の家に向かって駆ける。気分が良かった。
 赤く染まる世界。全てが金色に輝いて見える。明日も綺麗に晴れそうだった。

 食卓を囲む。残念ながら、昔の事件により両足の切断を余儀なくされた父は共に囲うことはできないが、たまに父の部屋に行って皆でがやがやと食べることもある。
 どこにでもあるような、暖かい空気が流れる食卓。
「ケシー、あんた今日どこ行ってたの?」
「ん?どこって友達んとこだけど?」
「あら、リシアちゃんと一緒じゃなかったんだ」
「リシア今日は例のバイトだった。ってかいつもいつも一緒なんて思うなよっ!」
 照れ隠しのように怒った口調でケシーはすぐ続ける。十四歳は微妙なお年頃だ。
「そういう姉貴は?俺が帰ってきたときいなかったよな」
 物を食べながらケシーが言って、フースにたしなめられる。
「ぷらぷらしてたら今日村に来た行商人の人とあってね。ちょっと話してたの」
「へぇ、どんな話?他の街とか?」
「それは、明日聞かせてもらう予定」
「えー、いいな。俺も聞きたい!」
「でも人嫌いとかいってたしね」
「じゃあ姉貴はなんなんだよ!」
「私は友達になった特権って事で」
「行商人って今日来た、あの?」
 フースの問いにラナケアはうなずく。
「ファーマスって言うんだって」
 変わった人なのよ、とラナケアは続けた。
 明日、同じような時間に行けば会えるだろうか。行商の邪魔にならないように、と考えるとそうするのが一番だと思えた。楽しみだった。他所の町の話を聞くことも、彼と会うことも。誕生日の前日のような昂揚感があった。

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