1.初夏の風吹くのどかな村で


 初夏の風薫る、森の中にポツリと存在する村。平穏無事にゆったりと日々が流れていき、多少便は悪いものの歳をとってからはここに隠居したいという人も少なくないラッカンス。
 その村のごくごく普通の二階建ての家から軽快な足音が聞こえた。トトトト、と一定のリズムで階段を下りる音だ。
 そして朝食の匂いが立ち込めるキッチンにひょこりと顔を出した、まったくこののん気な村に合いそうにない一人の快活そうな少年がいた。と言っても、彼自身そう感じたことは今まで一度もない。キッチンに立っていた中肉中背のところどころに白髪の混じる母親に声をかける。
 「おはよー、母さん」
「あら、おはよう。早いわね」
 皿を持ったままくるりと振り返った母はくすりと笑った。
「そりゃだってさ。わかるだろ?」
 な、と同意を求める息子に母はもちろん、と返した。
「羨ましいわよ、この。母さんが行きたいくらい」 
 金髪の少年は机の上の籠に入っていたパンを一つ取ってくわえながら外出の準備をする。といってもほとんど身一つだ。やけに心が弾んでいるようで、顔には始終、お祭とでも言わんばかりの笑みが浮いていた。
「あら、もう行くの?」
「だって朝一ってリシアと約束してるからさ……っと!」
 パンをくわえながらもごもごと話す少年は、片足立ちのまま靴をはき終えると玄関に走った。その間にパンを一口二口とほおばる。
「じゃ、行ってきまーすっ!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね。あとで様子、聞かせなさいよ」
 母親の言葉も半分に少年は家を飛び出すとそのまま健康な四肢を伸ばし突っ切るようにかけた。
 すっと青く澄みきった青空と、頬をわずかにかすめるまだ少し涼しい風が心地よい。
(やっぱ今日はいい日だな。)
 意味もなくただ気分が良くなって走りついでに一つ大きくジャンプした。


 「……アッ!…シアッ!」
(あれ?誰かが叫んでる?)
 おせじにも広いとは言えない家の中で朝食であるパンを食べながら、青い髪の少女はその声に少しばかり気をとられる。けれども空耳かと目の前の朝食を胃に入れることだけを考えようとしたときに。
「リシアッ!!」
 いきなり大きくなったその声が自分を呼ぶ声である事と、その大きさに肩をすくめた少女は驚きのあまり、食べていたパンを塊のまま飲み込んでしまった。
「んーっ!んーっ!」
 左手で苦しさあまり机をばんばんと叩きつつ、右手でミルクの入ったコップをつかんで一気にそれでパンを飲み下す。
 ぷはっと口許をぬぐうと椅子を後ろに倒すような勢いで立ち上がり乱暴に家の玄関の扉を開けた。
 犯人はわかっている。もちろん声でも、またこの村でわざわざ自分を訪ねてくるものなんて限られているから、すぐにわかるのだ。
 爽やかな風が開放した扉から吹き込んで、リシアの青い髪と戯れた。
 目の前には、森の緑と空の青とが広がっていた。
 そしてそこには予想していたとおりの人物が立っているのだった。
「ひっどいよ!ケシー!!パンが喉につまっちゃったじゃない!」
 その日初めて会ったのに挨拶もせずいきなりその人物に文句をつける。
 また言われた人物もすぐさま応酬した。
「のんびりしすぎなんだよ!リシアはっ!」
「ケシーが早すぎんのよぉ!」
 リシアと呼ばれた青髪の少女の視線の先にはケシーと呼ばれた先ほどの金髪の少年が立っていた。
 二人とも年の頃は十六、七ほど。
 ケシーの頭にはトレードマークとでも言えよう赤に黄のラインが入ったバンダナが巻いてあった。服装はいたってシンプルで黒の半そでのシャツに何度もはいているからか少しよれた砂色のズボン。走りやすそうな靴。
 リシアは長く珍しい青い髪を風にあそばせていた。服装は長い袖を肘のあたりまでまくったクリーム色のハイネックに帯のようなものを腰に巻き、青いひざ上数センチのプリーツスカートをはいていた。なお、スパッツ着用というのは本人談である。
 「昨日、朝一で行くって言っただろ?」
「う……っ!」
 ケシーの言った事実にリシアは固まった。確かにそういう約束をした。言い返そうと思えば言い返せるかもしれないが、これ以上は不毛なので黙っていたということもある。
「ほぉらっ!待っててやるからとっとと準備してこいよ」
「はーい」
 むすりと敗者の気分で返事をしたリシアは家の中に戻り出かける準備をしようとしたが、何かを思い出したかのようにふと足を止めた。
「あ」
「どうした?リシア」
「そーだよっ!」
 リシアはケシーのいる方に勢いよく振り向いた。顔がらんらんと輝いている。
「ケシー、先行きなよ。わたし絶対に追いつけるもん」
「はあ?何言ってんだ?足は俺の方が速いぞ?」
 リシアも幼い頃からケシーと一緒に村を駆け回ったものだから遅い方ではないが、やはり男女の差ということもありケシーの方が足は速い。リシアは何がいいたいのだろうか。
 二人の間に一瞬沈黙が流れた。不意にケシーが両の手を叩く。
「ああ!そっか。じゃあ俺、先行ってるから。早く来いよ!」
「了解!」
 びしっとリシアが笑顔で敬礼した。
 ケシーはその顔を見て笑い返すと方角的に言えば南東に向かって駆け出した。行く手には鬱蒼とした森が生い茂っているが割合すぐ抜けられる。そこを抜けたところで……。
 ケシーは頭に描いた計画がおそらくはリシアと一致しているだろうことににやりと笑った。

 「さあて、準備準備っとぉ。はーやくしなきゃ怒られるー」
 妙なリズムをつけて口ずさんだリシアは髪をてぐしでポニーテールに結び上げ、歯を磨く。
 そして机に置いてあった胸のあたりまでの丈のごつごつした木でできた杖を手にとった。リシアもほとんど身一つで行く気らしかった。
 家の外に出ると杖の先端と先端を両の手ではさみ、そのまま柏手を打つようにした。杖はまるきり手に吸い込まれたようにようになくなり、かわりにでてきたのは。
「クゥル」
 高く鳴るような声とともに、先ほどまで杖があった場所に現れたのは黒濡れた瞳と深い蒼の羽毛を持った大きな鳥だった。どのくらい大きいのかと言えば人を二人ほど乗せられるほどに大きかった。怪鳥の類といってもいいだろう。その愛らしさはそれをどうにも否定したくなる効果をもっていたが。
 リシアはそれに飛び乗った。すぐに足を横に投げる。レディの嗜み、というのはこれまた本人談だ。
「さっ!ケシーに追いつこう、タルーア!」
 リシアはそっとタルーアと呼ばれた鳥の頭をなでた。タルーアは一つ気持ちよさそうに鳴く。
 鳥はふわっと高く飛び上がると、ラッカンスをあとにし人を一人乗せているとは思えないスピードでケシーの走っていった方向に向かっていった。

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