3.青空の下の慟哭


 街の内部。それは、悲惨という言葉では表しきれなかった。外で想像していたことよりもずっと凄惨だった。
 今までケシーにしろリシアにしろ、本当にこれといって『悲惨』という状況は見たことがない。無理に当てはめようとするならば一度だけ、まだリシアが村にやってきて間もない頃、ケシーの家が火事になったことがあったのだがあの時だって結局死者は一人も出なかったのだ。悲惨というほどでもなかった。恐ろしくはあったけれど。
 だが、いざ悲惨、という言葉を使ってみようにもそれでけではいかんせん表しきれていない部分があるような気がしてならなかった。
 言葉が見つからない。
 表しようがない、その街。
 あらかた、殺戮した後で火を街に放ったのだろう。ところどころに見える、正視できないので確かでないが死体とおぼしきものは焼けているものや斬られているものがほとんどだった。
 なにかを求めようとする、手。
 決して離すまいと、しっかりと握りあった、手。
 嘔吐感が込み上げてきてそれを抑えるのに必死だった。いっそこの場で泣き出せたら叫べたらどんなに楽なことか。頭ががんがんした。

 リシアはぐっと目をつぶり、力を込めてケシーの腕を握る。ごめん、と一言呟いて。耐え切れなくなったのだろう。ケシーも死体なんて、見たくはない。
 けれど姉を、姉がいるのか確かめなくてはならない。おそらく今見て来た限りではいない、と思った。わからないけれど。
 何時火が放たれたのかわからないが姉の状態を考えれば十中八九彼女の家にいたはずだ。
 だからとにかく彼女の家を目指そうとケシーは歩く足に力を込めた。意識しないとへたり込んでしまいそうだった。
(今日は、幸せな日だったはずなのに……っ!)
 話は昨日にさかのぼる。

 子供が生まれた
 そんな電報がケシーの姉ラナケアの夫、ファーマスから届いたのは夜もだいぶ遅かったように思える。
 それを見て、ケシーはすぐさま家を飛び出していこうとしたのだが、もう夜も遅い、と母親にとめられた。今にも飛び出していきたかったのだがそれもそうかとはやる心を抑えて、じゃあ、リシアに伝えてくると家を飛び出した。
 とにかく、じっとしてはいられなかった。
 何度か一緒に見舞いにいったリシアとこの喜びを分かち合った。リシアは特に彼女のことを尊敬し好いていたから喜びはひとしおだった。
 そして、次の日の朝一番に街に向かうと約束して別れたのだ。

 夜を眠ればこの話の冒頭に戻る。
 昨晩の回想をしつつ眉をひそめながら転がる死体に目をとめていたケシーはふと見覚えがあるような、そんな人を見つけた。
 だから、つい走ってしまいあやうく目をつぶって彼の腕にしがみついていたリシアもろともこけるところだった。そこはなんとか踏ん張ったけれど。
「義兄貴!!」
 近づけばそれは、義兄のファーマスだった。
 息があるのか、ないのか。焼けているようすはない。ただ遠めにも無事であるとは言いがたかった。
 この状況では絶望的だが、一縷の望みを託してもっと近くによる。
「義兄貴……?」
 そっと抱き起こすようにすると、ファーマスはゆっくり目を開いた。
 とりあえずほっとケシーは胸をなでおろした。息がある。それだけで十分なように思えた。
「ケ……シーか?」
「何があったんだよ、一体!」
 今は、それどころではない。
 きちんと処置をしなければならない。
 しかし、二人とも気がすっかり動転していて気付かなかった。否、気付いていたとしてもこの荒れ果てた地で、一体どれだけの処置ができるというのか。
「ラナケアとルアが、ギルバーツとかいうのに、攫われた。俺は、用があって昨日の夜……街を少しの間、空けたんだが。……はっ!帰ってきたら、このざまだ……」
 ルアというは、おそらく生まれた赤ん坊の事だろう。
 ではギルバーツというのは。
 疑問を口にする前にファーマスが口を開いた。浅い呼吸がいやに耳につく。苦しそうに喘ぎながらも一言一言をつむぎだす。
 まるで、自分の死期を感じとり、知っている事全てをケシー達に託そうとするかのように。
「家まで走ったんだが、ラナケアと、ルアの姿は……もうなかった。そこで、ギルバーツとか名乗った男に、斬りつけられたんだ……」
 ギルバーツ……その名をケシーはしっかりと心に刻み付ける。この街を襲った恐怖に陥れた張本人に違いない。
 復讐なんてそんな明確な言葉は浮かんでこなかったけれど、それでもそいつが許せなかった。
 理不尽だと思った。なぜ街が襲われなければならない。なぜ焼かなければならない。なぜ義兄がこんな仕打ちを受けなければならない。なぜ、なぜ姉が攫われなければならない。
 弟である自分が言うのも変なように思えたが姉は、ラナケアは随分と人がよかった。それはどこにでもいる兄弟並にくだらないことで言い争ったり時には喧嘩したりもしたけれどラナケアは人から恨みをかうようなことをする人ではない。それはリシアも認めるところに違いなかった。なのに、なぜ。
「その時に、ギルバーツが、言ったんだ……」
 そこまで言うとファーマスはむせこんだ。呼吸が先ほどよりもさらに浅くなっていた。
 ようやく、ケシーとリシアは自分たちが何も処置をとらないでいたことに気がついた。
「義兄貴、もういいからやめてくれ!このままじゃ……早くどこかで治療を……っ!」
 声が、震えていた。後ろにいるリシアは嗚咽を漏らしている。
「いや……俺はもうダメだろう。だから、せめてお前たちに、聞いて、欲しいんだ」
 ファーマスは遠くを見て呟いた。何処を見ているのだろうか。今何処にいるとも知れない彼の妻の姿を思い描いているのだろうか。
 ケシーは黙った。
 ただ、義兄をとめる気にはなれなかった。どうしたらいいのかわからなかったのかもしれない。
 ファーマスは再び話し始める。
「ギルバーツは、こう言った。『お前はあれの父親か。冥土の土産に教えてやろう。わが名は、ギルバーツ。世界の破滅を願うもの。あの女と子供が我等が手の内だ。』ってな……。はは、俺が、他の誰かに、伝えられないとでも、思ったか。いい…気味だ……」
 ファーマスの全身から力が抜けた。
 いやでも、わかってしまった。
 今、もうすでにこの世に、彼はいないのだと。
「義兄貴……?義兄貴ーーーーーっっ!!」
 涙が止まらなかった。
 止めようとも、思わなかった。
 情けないともなんとも思わないでただ今いきなり目の前に押し付けられた死に、近しい人の死に純粋に涙を流した。それは、リシアにとっても同じことだった。
 ただ、焼け野原となった廃墟の町に二人の慟哭がむなしくこだまするだけだった。
 空は嫌味なほどに晴れ渡っていた。

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