4.残された希望と決意


 焼けた地を濡らす涙はどうにかこうにかおさまってきた。止まってきたと言うよりは、止めたというほうが正しいのかもしれないが。ここでじっとしていてもどうにもならない。割り切れないことはたくさんあるが、無理にでも今は割り切らなければいけないような気がした。
 ケシーはばっと自分の袖口で涙を拭って立ち上がった。
 ゆっくりと一つ呼吸をしてまだ座ってしゃくりあげているリシアに声をかけた。
「リシア、村に戻ろう。ここに、俺たちがいても何も出来ない。とりあえず、このカミギエルの状態を伝えなくちゃ……」
「う、ん……」
リシアも袖口でそっと涙を拭うと、立ち上がり、杖をかざしてタルーアを喚んだ。リシアはそっとタルーアの頭をなでると、背中にのる。村を出たときの元気の良さは当たり前に影をひそめていた。ケシーもそれに続く。
「タルーア、村に、戻って」
「クク……」
 まるで全てを知っているかのように物悲しく鳴いたタルーアは元気のない主を気遣ってかゆっくり、そして優しく飛んだ。体に感じる風は、普段心地よいもののはずなのにこの時だけはどうしても身にしみて冷たかった。肩を何度抱きなおしてもおさまらない悪寒。
 タルーアは真っ直ぐに、ラッカンスの村へ向かった。

 ケシーは家の扉のノブを握った。
 手をかけるが、どうしても重たいような気がしてなかなか回せなかった。
 それもこれも中にいる母を思えばのこと。姉の失踪を…否、誘拐をどう伝えればいいのだろう。きっと母は、父と一緒に生まれた孫の土産話を待っているだろうに。自分はうまく話せるのだろうか。
ドアの前で自問をずっと続けていたが、遂には意を決してドアノブを回し、押した。
 ひどくゆっくりとした動作に思えた。

 ガシャンと、母フースの持っていた花瓶が割れた。木造の床に水が散り、枯れてもう細く頼りなくなってしまている茎や、ぼろぼろの葉がその上に浮く。
 そろそろ花瓶の中の花が枯れてきているので取り替えようと花瓶を持ち上げたところでケシーが帰ってきたのだ。
 間違いなくどたばたと駆け込んでくると思ったのだが、思いのほかゆっくりとした足取りで。
 すぐに彼の様子が可笑しいことに気付く。喜色満面で帰ってくると思っていたのにその顔は明らかに沈んでいた。眉根を寄せて、目じりを赤くして。もうたいていのことでは涙を流したりしない年頃である。現にケシーはここ数年、最後に何時泣いたか覚えていないほど泣いていない。フースもそれを承知している。なにか、なにがあったのだろか。
 彼が、彼自身がもう出ないと思っていた涙を流しながら話した訳を聞けば。
 花瓶を落としてしまうのも無理からぬ話だった。
 喜んでたくさん、孫のことを、また母親になった姉の話を持って帰ってくると思っていたのに。
 なぜこんなことになる。なぜ自分の娘が。フースの頭はただ混乱に満たされた。
「そ、んな……。ラナケア……ラナケアーーっ!!」
 よろよろとひいてあった椅子に腰を落とし頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。
 肩が小刻みに震え、嗚咽が聞こえた。
 ケシーは逆にそれを見て自分の心が落ち着いていくのを感じた。おそらくは自分がしっかりしなければという責任感じみたものが生まれたのだろう。
 ケシーは母に近寄ると、そっと背中をなでた。励ましの言葉なんて思いつくはずもない今、自分にできることはこれくらいなのだろうから。
 一定のリズムで背中をさすっていると、頭が不思議と静かになっていって薄ぼんやりと考えていたことが輪郭を見せ始めた。
 それは、姉を助け出すこと。
 ギルバーツという輩から。

 フースがだんだんと落ち着いてきた頃、ケシーはふとそのことをいってみた。
 一度輪郭を見せ始めた考えはとどまる事を知らず、ただただ大きくなる一方だった。だから、それをきりだした。もういてもたってもいられない心境だった。
「母さん、俺、姉貴を助けに行く。どこにいるか、知らないけど……それでも」
 机に突っ伏していた母は勢いよく顔をあげ、涙をため、切なさのようなそんな光を宿した瞳でケシーを見つめた。見開かれた瞳は驚愕している事を如実に物語る。
 なんとなく、こうなることはわかっていた。これは無謀な挑戦なのだ。仮にも相手は街一つをやすやすと破壊してしまうような、そんな力を持っている。
 それにほとんど無力で、強いていえば父に少し教わったことがある田舎剣法くらいしか戦う術はなく、それも未熟な自分が立ち向かおうというのだから無謀にもほどがあった。
 無謀、それはすなわち死を意味しているのとなんら変わりはなかった。
 だから、反対されるのは目に見えていたことなのだ。
「やめて……やめてちょうだい、ケシー。あなたまで失ったりしたら、私は、私は……っ!」
「でも、このままにしておけないんだ。姉貴を放ってなんておけない!だから、俺が……」
 フースは顔をそむけそして、何もいわなかった。きっと考えているのだろうと少し楽観的に考えた。こういうときは傍にいないほうがいいとも思い、ケシーは部屋をあとにした。
 そしてそのままふらっと真昼の外に歩み出した。

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