5.幼馴染会議


 (リシア、何してるかな。俺が助けに行きたいって言ったら驚くかな……)
 あの惨状を共に見た幼馴染のことを考えると足は自然とリシアの家へ向かった。特に意識しなくても、彼女の家までの道のりは足が覚えていた。
「リシア。リシア、いるか?」
「ケシー?入っていいよ」
もう少し落ち込んでいるかとも思ったが、家の奥の方から聞こえてきた声を聞く限りでは存外元気そうだった。それが複雑でもあったが。
 ケシーが扉を開けると、そこはさながら戦場だった。
 山積みになった日用品。
 どこからひっぱりだしたのか、飯盒。
 わけのわからないものが無節操に散らばっていて、まさに足の踏み場もなかった。
「リ、リシア?一体何を?」
 感じていた複雑な気持ちは一瞬にしてどこかへいってしまった。もはやこれは落ち込んでいるいないのレベルではない。
 ケシーはただ、目の前に広がっている光景に呆然とするだけだった。
 当のリシアはようやく、部屋の奥から顔を出す。
「私、決めた!」
「……何を?」
「私はギルバーツってやつを追って、絶対にラナケアさんを助けるっ!」
 なるほど、足場のないほど旅支度道具などなどが散らばっているのはそのためか、とそんな間抜けな事を一瞬考えてしまうほど、ケシーはあっけにとられた。
(ああ、母さんゴメン。いきなりこういうこと言われると心臓に良くないんだな……)
 なんとなく、心の中で自分のした行為について母に謝った。立場の逆転により彼女の気持ちがよくわかる。
「って、なんでお前が……!?」
 ワンテンポ遅れてようやく正常なつっこみをケシーは入れた。
 自分と違って誰にも言わずに実行に移す辺り、非常に彼女らしかった。リシアがわざわざ報告すべき人がいない、といえばそれまでだが。それでも、決心の早さには驚いた。
 荷物の散らばり様から見ても、ケシーより先に思いついたのだろう。ラナケア救出の事を。
「何言ってんの?今更じゃん!……わかってるでしょ? 私が、どれだけラナケアさんにお世話になったか。どれだけ感謝してるか」
 その話を聞くと、ケシーも自分の言論を慎まなければならない。今、リシアの幼なじみかつ親友、というような位置付けにある自分だが以前は、そんな関係ではなかった。
 ラナケアがいなければ、一生仲良くなる事なんてなかった。
 むしろ、今、ここにリシアがいたかどうかも疑わしくなるのだ。
 だからひょっとしたら、家族である自分以上に助け出したいとリシアは思っているのかもしれない。
「それに、だいたい、私はこの村に――……」
「何?」
 間をあけるリシアにケシーはおっかなびっくり問い掛けた。思い当たる節は、ある。ただそれを認めたくない気持ちがありまたしょうがないと思う気持ちもある。聞きたくないような心持ちだった。
「……ゴメン、やっぱなんでもないよ」
 リシアはそういって、笑った。しかし本当に笑ったのだろうか。
 少しケシーは怖くなった。
(なんだ?この気持ち……)
 ふとケシーは、もしリシアが一人でラナケアを助け出したとして、そのあとリシアがこの村に帰ってこないような気がした。もう二度と、自分の前に姿をあらわさないのではないかとそんな予感がした。何があっても自分も行かなくては、とケシーはいっそう決心を強める。
「と、とにかくっ!私は、行くから」
「待て。俺も行く。さっきから考えてたんだ。母さんにも、少し、話した」
 今度はリシアが驚く番だった。碧玉の瞳をめいいっぱいに開く。
「だ、ダメだよっ!……私に言う資格はないかもしれないけど、おじさん、怪我してて動けないじゃない。おばさん一人じゃ大変すぎるよ」
「いや、それでも行くさ。わかってくれるよ」
 わかってくれなかったら家出してでも出て行くつもりだけど、とケシーは心の中で付け加えた。
 そのとき、二人玄関のドアの方に人気を感じた。
 ほぼ同時にそこに目をやる。
「母さん」
「おばさん」
 二人の声が重なった。
 開きっぱなしのドアの向こうにケシーの母が立っていた。
 いつからかはわからないが、そこに立っておそらくは話を聞いていたのだろう。
「そう、リシアちゃんも行っちゃうの」
 ケシーの母は寂しそうに呟いた。
 十年近くの付き合いだ。寂しくないわけもない。自分の、娘のように思っていたのだから。リシアも遠慮はあるものの、それをなんとなく感じていた。養母、のようなものである。それよりは遠いものかもしれないが近所のおばさんという言葉でもくくれない。
「母さんっ!だから俺も……」
 ケシーに皆まで言わせず、母はひとつの麻袋を差し出した。
 わけがわからずその麻袋を流されるままに受け取ったケシーは紐でくくってある袋の口をあけた。ずっしりとくる麻袋の重みに違う重みも少し感じた。
「母さん、これ……」
 旅道具、一式が麻袋の中には入っていた。
 つまりは。
「行っておいで。あんたは行かなきゃ納得しないんでしょ?なら行ってくればいいよ。でも、無理はしちゃいけないからね。ラナケアだってあんたが危ない目に遭ってまで助かろうなんて思ってないだろうから……」
 そう言った母の顔は諦めのような、寂しさのような、我が子の成長を喜ぶような、不思議な表情だった。ただ、色々ふっきれたのかもしれない。
「……ありがとう、母さん」

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