6.旅立つときは、今 その後、二人でどうするかの予定を適当に決めたり、ケシーはリシアの手伝いをさせられたりして時刻はすっかりと夕暮れ時であった。そういえばと昼食を食べていないことに気付き腹の虫が鳴いている。ことケシーは朝のパン一個きりだ。 出発を明日の朝に決めた二人は、もうお開きにしようとその日の相談会をやめた。 そして二人でケシーの家に向かった。 村の家が集まっているところから少し離れたところにあるリシアの家からは五分強の道のりだった。 「結構久しぶりだなぁ。おばさんの料理食べるの」 リシアは一人暮らしだったので今日くらいは、と夕食会にお呼ばれされたのだ。 「昔はよく一緒に食べたよね」 「そういえば、そうだったな」 二人は漆黒の布に覆われた空に散りばめられた宝石を見上げながら土と草の感触を踏みしめ、虫の音を感じながら歩いていた。次にこの感触を感じる日は遠いのか近いのか、あるいは永遠にこないのだろうかなどとあまりに漠然とした気持ちで考えながら。 村の明かりがぽつぽつと見えはじめた。 「それじゃあ、母さん、行ってくる」 「ケシー、最初にね、スーワルンの村に行きなさい。そこに母さんの知り合いのウォッツさんという人がいるから。その人は昔、剣術師範をやっていてね。習っときなさい、少しだけでも。どうせあんたやリシアちゃんの事だから、違う大陸とかにさっさと行っちゃいそうだしね。遠くにはモンスターってのも出るんでしょ?だからなおさら」 ケシーは随分と昔の話であるが父に剣術を習っていた。 父の足の怪我が原因でそれからはケシーに教えてやる事もできなくなったのだがそれからもケシーは自主練習を続けていた。 ケシー自身、剣術は好きだった。 斬る感触とか、そういったものでなく純粋に一人の少年として強さに憧れた。 更に言えば人並以上には才能もあっただろう。のみ込みが早いと誉められたのは一度や二度ではなかったはずだ。 「わかった。ありがとう、母さん」 その時家の玄関の戸が叩かれ、それが勢いよく開いた。 「ケシー!来ったよー!」 リシアが元気マークの笑顔を浮かべ、杖を二本抱えて飛び込んでくる。 背中には昨日家の床に散らばっていた荷物を最小限に押さえた麻袋も背負っていた。 「あれ?なんでお前、杖二本も持ってるんだよ?」 「実はこんなこともあろうかと前々から一本作っておいたのでーす!」 (……こんなこともあろうかって。誰が想像するんだ、こんな展開) ケシーはげんなりすると同時に、やはりいつかリシアはこの村を出て行くつもりだったのではないかと懸念していた。 「いや、俺が聞いてんのはそーじゃなくて、理由」 「ああ。だって、こっちをタルーアに戻しちゃったら魔術使えないじゃん」 魔術。それはこの世界で言うと「妖精」という存在にしか使えないものである。が、もちろんリシアは人間だ。 文献などによる妖精の特徴を見てもリシアと一致するものはほとんどない。といっても、その文献が正しいのか否か、ケシーたちに知る術はないが。 「妖精」という存在は普通の人々の目には映らないのである。 稀にそれが見える人もいて、それが民族ごと、など単位がないために世界一般でも認めらているのだ。文献などはその稀に見える人達によって書かれていた。 リシア自身、魔術が使える理由はてんでわからないらしい。 これは余談であるが、タルーアは生き物であって杖ではない。 ただたんに杖に身を宿しているだけである。ほとんど一体化といっても間違いではないが。 その辺りの原理も主であるリシアさえよくわかっていないらしかった。 魔術を使うさい、杖を用いるのは物体を介したほうが力が具現しやすいかららしいが、これはリシアの経験から言ったことだった。だから、とりあえずは杖がなくとも魔術は使えるらしい。 「タルーアに乗ってるとき、モンスターってのに襲われたら大変じゃないっ!」 さきほどケシーの母もちらりと言ったモンスターという単語。 モンスターというのは、ようは異形のもの。この世界に実在する動物や、植物などに似ているものもある。 それがこのラッカンスの村などがあるワーイス大陸以外にはいるらしい。 よって、モンスターの脅威に怯え、この大陸に移民する者も少なくないという話だ。 それにしても、もうすでにモンスターのことを考えているリシアはこの大陸を出る気満々らしい。 「ほら、リシアちゃんの方がしっかりしてるわよ?あんたもしっかりしなきゃ」 「……わかってるよっ!行くぞ!リシア!」 「あいあいさー!」 痛いところをつかれてふてくされたケシーであったが、村を出るときに見送りに来てくれた母に、行ってくる、絶対姉貴をつれて帰ってくる、と笑顔で別れを告げた。 「タルーア!行こう!」 二人はタルーアに乗って大空に飛び上がった。 これから待ち受けているであろう冒険に少しの不安と多くの期待で胸を弾ませながら。 青い空がまぶしかった。 白い雲もいつもより綺麗に見えた。 全てが輝いて見えるような気がした。 旅立つ時は、今なのだ。 |
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