1.キャンプ気分の野宿


 「ねぇ、ケシー。勇んで出てきたはいいけど、どこに行く?まず情報集めかな……」
 妥当な線を呟くリシアに、ケシーは先ほど母と話していたことをリシアには話していなかったことに気付いた。
「うん、それもそうだけどさ。俺、ちょっと剣術を教わりたいんだ。スーワルンにウォッツさんっていう人がいるから、その人に会いに行かないか?その、さ。リシアに任せっぱなしっていうのも悪いし。今のままじゃ頼りないから」
「ケシー……」
 リシアはおおげさに胸の前で手を組んで感動の眼差しでケシーを見つめていた。
 おおかたケシーがそんなに色々考えていたんだ、のようなことを考えていたのだろう。
 そう思うと母の入れ知恵と言い出す勇気はなかった。
 目の前の彼女を落胆させたくなかった、といえば聞こえはいいが、そのあとの呆れた目で見られるのが嫌なだけだ。
(……話題を変えたほうがよさそうだ……)
「あっ!ああ、あのさ。昨日、言いかけてたことあっただろ?ほら、それにだいたい私はこの村に――――ってやつ!」
 慌てて苦し紛れに出した話題はそんなものだった。もちろん、実際、昨日から気になってはいたのだが、とにかく話題を変えたかっただけで、はっきりとした答えを求めているわけではない。重要性をはらんでいない口調だった。
 果たしてリシアはとぼけた顔で
「なんでもないって言ったじゃーん?」
「なんでもないのに言うわけないだろー?」
 ケシーの話題転換術は見事に成功を収めた。

 取り留めのない会話は途切れることを知らなかった。たまに途切れても何かをタネに話し始める。沈黙があっても嫌な沈黙ではない。長年共にいるものだから気まずいというわけでもない。
 そんなことが続き、気がつけばあたりは夕闇に染まっていた。心を打つ赤が水平線に広がり、海をも赤く染めていた。
 初夏とはいうものの、まだ夕刻になれば腕を抱えてしまう程度の冷たい風が吹く。もちろん暗くなるので見通しも悪い。
「リシア、暗い中で飛ぶのは危険そうだから降りようか」
 以前リシアに聞いたことがあった。
 タルーアは怪鳥のなりをしている。そして鳥目という言葉の通りにこの青い鳥は、普通の鳥よりは幾分ましなものの暗い中を飛ぶには適していない。
 だから、これ以上暗くなった時に方角を見失うおそれがあるのだ。
 ケシーもリシアも夜目が利くわけではない。
「そうだね。タルーア、適当な所に下りてくれる?」
 もう、ケシーの目では地上の細かい所の分別はつかない。森があるのかはては岩があるのか、よく見えないのだ。おぼろげな濃淡でものがあるかないかの判断ができる程度である。
 しかしタルーアの目はケシーたちのものよりも多少優秀らしい。めぼしいところを見つけたのかタルーアはゆっくりと下降を始め、森の開けている水際に程近い場所に降り立った。ここならば、炊事は楽にできるだろう。
 リシアはタルーアから降りるとぽんぽんっとタルーアをなでてからおやすみと言葉をかけて杖の姿にした。
「モチロン、野宿、だよな」
「うん!キャンプなんて久しぶり〜。わくわくするよねっ!」
 野宿とキャンプ。
 たいして意味は変わらないのに気分がこんなにも違うのは何故だろうと、少し真剣にケシーは考えた。そして少しして考えてもしょうがない事だと気付きやめた。語感の問題だろう。
「えーっと、まず初めに、なんだろ?たぶんご飯だよね」
 そういえば、とケシーは腹の虫が泣いているのに気付いた。昼は何かパンか何かを適当に放り込んだが、それから何も食べていない。
 すかないほうがどうかしていた。
 昨日からろくな食生活をしていないなとケシーは内心で苦笑した。
「じゃ、火をおこすか。マッチかなんか入ってるかなー」
 ケシーは母に渡された麻袋の中身をあさる。とりあえず昨日の夜、中身を確認したが入っていなかったような気がする。また、マッチの必要性もケシーの頭からはすっぽ抜けていた。
 麻袋をあさるケシーを見たリシアは一瞬きょとんとするといきなりふきだした。
 笑われる筋合いのない、かなり必要性のあることをやっていると頑なに信じるケシーはリシアに文句をつける。
「な、なんだよ!」
「やだー、ケシーってば。私の存在忘れてない?たき火程度の火なら魔術で楽々だよ」
 なにかの宣伝のごとくリシアがそう言った。ぴっと人差し指を前に突き出す。
 あ、とケシーは口を丸くした。そういえばそうだ。
 しかしリシアが日常生活において魔術を使う所はあまり見ない。思い出せとか、日常生活にも使えるものなのだとわかれだとか、そういうことを要求するのは少しばかり無理な気もする。
 ケシーはリシアの実力のほどをよく知らないのが、彼の知る範囲では余裕でたき火くらいできるだろう。
「でも、流石に燃えるものがないと火は移せないよ。たきぎとか」
 笑顔で言うリシアは遠まわしにたきぎを拾って来いといっているのだろうとケシーは解釈した。どうせここにいてもやることはないのだから率先していく事にする。
「じゃあ俺、ちょっくら拾ってくるよ。リシアは荷物番」
 ケシーは立ち上がると暗い夜の森に一歩踏み出そうとした。
 すると後方からまたリシアが噴出すのがうかがえる。何度も何度もなんなんだといいたげにケシーは振り向いた。
「今度はなん……」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ケシーっ!おばさんの言った通りじゃん。ケシーってどっか抜けてるって!明かりなくってどうやって探すの?足元真っ暗だよ……っ」
 あ、と再び口を丸くする。
 まだしのんで笑っているリシアを見ながらケシーは自分が情けなくなった。
 全くもってそのとおりである。
 なぜ、一歩踏み出したときに気付かなかったのだろうと大きくため息をついた。
 リシアはようやく笑い終わったのか、自分の荷物の中からカンテラをひっぱりだし、そして何か、とりあえず人間の言葉ではない言葉を発した。到底ケシーの理解の範囲内ではないし、真似しろと言われても無理である。
 リシアに言わせればこれが俗に言う「詠唱」というやつらしい。
「フレア」
 ケシーにもわかる言葉でいうとぽっと火屋の中に灯が点った。これくらいならば杖という媒介を通さずとも直接点けられるようだ。
 「フレア」というのは自分の中でイメージを固めるべく勝手にリシアがつけた名称らしい。ほかにも呪文の種類ごとに名前がついている。
 なんでも、なんとなく記憶にある詠唱を人気のないところで唱えてみて、発動したものを見て彼女がつけているという。結構楽しいのだそうだ。
 リシアはその明かりが点ったカンテラをケシーに渡した。
「はいっ!ケシー。頑張ってね」
「サンキュー。じゃ、今度こそ行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
 リシアは笑顔で軽く手を振りケシーもそれに応えた。

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