2.たきぎ拾いの間の出来事 ケシーはたきぎ集めがらくでない事を知った。 ひとことでたきぎのもととなる「枝」といってもいろいろある。 太いもの、細いもの、乾燥しているもの、湿気ているもの、硬いもの、柔らかいもの。 たきぎに丁度いいと思われる枝は少なかった。そもそも枝自体があまり落ちているとはいえない。 それに、そのような枝を見つけてはいちいち腰をかがめていたのでそろそろ腰が痛くなってくる。 「……こりゃ楽じゃないぞ……」 暗い中でえんえんと弱い光を頼りに腰をおりおり探し続けてどれくらいたっただろうか。腰のあたりの骨だか筋肉だかが悲鳴をあげてしばらくした頃である。ようやくこれだけあれば足りるだろうという程度の枝が集まった。時間と疲労との比例を考えると少々理不尽な気もするような量だ。 まあ集まったのならばそれでよいと、ケシーは腰に片手を当て小脇に枝を抱えたまま大きく伸びをした。さてそろそろ帰ろうかとあたりを見回す。 しかし。 「……どうしよう」 まわりは似たような木だらけ。しかも夜だからか全部が全部一様に黒い。 方角はもちろんわからない。自分がどちらから来たかすらも、わからない。 ケシーはもう一度あたりを見回した。余計にわからなくなる。自分は本当に一回転したのだろうかとすら思えてくる。 風もないのに不自然に木の葉がざわざわと揺れた。 ふと違和感を感じて、まわりの木の陰の効果も相乗して早くこの場から離れたくなった。何がでてもおかしくないこの雰囲気。背筋を冷たいものがはった。 そんな中でもちろんごく普通の、ともすればどこか抜けているケシーの思考が正常に働くわけもないのだ。 (こーなったら当て勘だ――――――っ!) 直感の赴くままケシーは走り出した。 わき目もふらず走ってものの数十秒。 ざっと、目の前が開けた。 「え……ウソ……」 「あ、ケシー。お帰りぃ。たきぎ集まった?」 そこには待ちくたびれたと言う風でもないリシアが座って待っていた。顔に笑みを浮かべて手を振っている。 どうやらカンテラは二つあったらしく、リシアのそばにももう一つ、それが置いてあった。 一つの光が闇の中で動いてもう一つの光の近くに落ちる。 ケシーはどっと疲れた気分だった。実際、肉体的にも疲れたし、最後の最後で精神的にもすっかり疲弊してしまった。どかっと腰をおとしてそのまま根が生えたように動かなくなる。 直感がどんぴしゃだったことは嬉しいと同時に少し複雑な気分にさせてくれた。 「なぁ、リシア。俺の直感はあたるかもしれない……」 「なんのこと?」 「……なんでもない」 ケシーは深い深いため息をついた。よくよく考えれば話すのには馬鹿馬鹿しすぎる話だ。ただの恥さらし、指さして笑われてもどうしようもないようなことである。 ケシーは苦労して集めたたきぎをぼんっとリシアの前に置いた。 そして動かない腰のためにその場でたきぎを組み始めリシアはどこから持ってきたのかその周りに石でかまどを作り始めた。 待ちくたびれた風でなかったのは、ひょっとしたらこの辺りで石を集めていたからなのかもしれない。 「よし、これでいいか」 できたのはたきぎが組まれたものと、かまどだった。なかなか思ったよりも上出来で心なしか嬉しくなる。 二人で会心の笑みを浮かべるとリシアは杖を持って立ち上がり、呪文の詠唱をはじめた。 相変わらず何がなんだかわからない言葉だが、さきほどカンテラに火をともしたときのものと同じように聞こえた。 実際そうだったようでリシアがつけた名前は同様のものだった。 「フレア!」 ついた炎はもちろんカンテラにつけた時のものよりも大きい。これでも調節しているのだとリシアが言う。 たきぎがぼっと音を立てて燃えた。 マッチならばもっと時間がかかっただろうが、リシアが言ったように楽々だった。 「それじゃ、次はいよいよご飯だよね。今度は私が水くんでくるからケシーは火の番ね」 「ああ、わかった」 この場所が水際に近い、と言ってもそこそこ……歩いて三分程度には離れている。 一応の用心にとリシアは杖を持った。 そして、飯盒とカンテラをひっつかむようにしてリシアは飛び出していった。振り返りながら、火の番ちゃんとしててよ、とお節介なことを言って。 いきなり走り出したリシアを見て、よっぽど腹が減ってんのかな、とケシーはのんきなことを考えた。 目の前では薪の火が赤々と燃えている。ケシーはなんともなしに一本枝をくべた。 暗い道をカンテラのぼんやりとした灯りが照らす。聞こえるのは自分の荒い呼吸。疲れてはいないが、元気に走ることはできない。走っていた足は次第と緩まり、もう止まる一歩前だった。 そして、水際にたどり着くとそのまま座り込んでしまう。 じっと湖面をのぞきこむ。カンテラの光で、木々の間から漏れる静かな月光で自分の顔が映った。 (酷い、顔……) ぽたり、とひとしずく涙がこぼれた。 それは泉に静かに落ち、凪いでいた泉に波紋を描いた。 そして、そのあとからもどんどん涙がこぼれ落ちた。 こんなに自分は泣き虫だっただろうかと、リシアは思った。 しかし、涙は一向に止まる気配を見せない。自分の意思ではないようにも思えてきた。小さな嗚咽の間に言葉がポツリと混じる。それは懺悔であり、告白であり、そして自分に言い聞かす誓いであり。 「ケシー、ごめんね……ごめんね……っ。せめて、今日は一緒に、いよう、ね……」 それはケシーがたきぎ拾いで平和にも腰を痛めているときに起こった。 (夕飯何にしよう?いろいろ持ってきたからなー) ケシーが去ったあと、リシアは一人あれこれと持ってきたものを並べていた。 料理は一通り出来る自信がある。そんなに豪勢なものはできないが、田舎料理ならば幼い頃から作ってきたのだ。 そして、今日のメニューをようやく決めたときだった。 「お前が、リシア・クレファンスか?」 どこから現れたのか、気配すらしなかった。 肩を一つ震わせてリシアはゆっくりと振り返った。 そこには闇にとけてしまいそうな漆黒のマントを羽織った男が一人、たきびの光を受けて静かに佇んでいた。顔はフードの陰になっていて良く見えない。 ただならぬ雰囲気にリシアは中腰姿勢で杖を構えた。 彼女は武術をやっているわけではない。しかしそれでもわかった。この男、相当できると。 緊張が体全体に走った。 「だったら……どうするの?」 「そう焦るな。初めに忠告しておく。おまえがこちらに危害を加えるのなら、あの小僧の命はない」 緊張に嫌な予感が加わった。 「こちら」というからにはこの男は何かの組織員かなにかで仲間がまだ何人かいるのかもしれない。彼に何かあれば「あの小僧」の命を奪う算段なのかもしれない。 そして、この男が言っている「あの小僧」とは。 リシアに思い浮かべられるのは明るい金髪と真っ直ぐな青い瞳、赤いバンダナ。 思い出そうとしなくても詳細に思い出せる馴染んだ顔。 「小僧って、まさか……」 「お前が思っているとおりだろうな。ケシー・スィンド、やつのことだ」 嫌な予感は確信にかわり、悪寒が背筋をかけぬける。 この男が言外に杖を置け、といっていることがわかった。 しぶしぶとわが身が可愛いような気もしたが、ここでこの男に危害を加えたとき、自分のみならず、ケシーにまで被害が及ぶと考えるとむやみに手出しは出来なかった。ゆっくりと地面に杖を置き、すっと背筋を伸ばして立ち上がった。震える足をどうにかおさえる。 押し殺した声で問うた。 「用件は?なに?」 男はリシアが杖を置いたのを見ると話し始めた。 「まず言っておこう。我はギルバーツ様というお方に仕えるものだ」 そんな切り出しで始まった。 ギルバーツの名を聞いたとき、今までにない…殺意に近いものが芽生えたのだが必死になって杖を掴もうと動こうとする腕を抑えた。 ここで仮に魔術を使ってもなにもいいことは起きない。 ケシーは殺される、自分も追われる身になるであろうし、下手をすればここで殺される。 だからといってラナケアが助かるわけでもないのだ。 まず第一にこの男はギルバーツではない。 「われわれの計画にはお前の力が必要だ。その、特別な力が」 何を言っているかは考えずともすぐにわかった。 魔術だ。 そして、われわれ、と言ったからにはやはり組織なのだろうとぼんやり考えた。 「ケシー・スィンドの姪にあたるものも同じだ」 この男は、とリシアは憎しみを込めて心底思った。 ここでケシーの姪の名前を出せばリシアがついてくると、そうふんだのだろう。 悔しいことだがそのとおりだった。 おそらく、ケシーの姪、ルアのところにラナケアもいるだろう。 この二人に近づけるのだ。ほとんどないかもしれない手がかりを追うよりはよっぽど効率的である。 加担するのはなんとしてでも避けたかったが、チャンスであるのも事実だ。 リシアの心はそこでゆれた。もちろん、ケシーのことも含めて。 二人で決めたのだ。必ず、ラナケアとルアを助け出そうと。 裏切ることは絶対にしたくなかったのに。 「そんなわけだ。おまえについてきてもらいたい」 その態度は人に物を頼む態度ではなかった。有無を言わせない気迫がこもる。 まだ、しぶっているリシアに男は言った。 それが決定打となった。 「いいか。お前の判断にはいくつもの命がかかっているのだ。あの小僧だけではない。ラッカンスの村の運命もかかっている。カミギエルの二の舞にされたくなくば、ついてくるんだ」 これはもはや脅迫だった。 ケシーの母親の顔、父親の顔、村人たち。 そして、ケシー。 顔がどんどん頭に浮かんできた。 ここまで言われていかないと言うほど、リシアは強情でも無情でもなかった。 やはり、今敵をすべきものの配下に入ってしまうのはとても抵抗があったけれど。 「わかった。行く。でも時間をちょうだい。せめて……明日の昼まで。ケシーに、説明したいの」 「いいだろう。だが、逃げようと思うな。明日の昼まで小僧と村の命運は我らの手にある」 「明日の昼、スーワルンの宿に迎えにきて。私はあなたがどこにいるか知らないから」 男は何言わなかったがそれは肯定のしるしと受け取ってもいいだろう。とにかく何があろうと彼が迎えにこないわけがなかった。男はマントを翻して去っていった。 闇の奥に男がとける。 気が抜けると足が笑って立っていられなくなった。どさりと座り込むと上を見上げた。絡み合う木々の梢の上に広がるのは満天の星空。 リシアはふと泣きなくなるような衝動にかられた。 しかし、ケシーがいつ帰ってくるかわからない。泣いているところを見られたくはなかった。無理矢理笑顔を作ってみる。うまく笑えたとは思えなかった。 (これで、いいんだよね?ケシー……私を、止めてね) なにかしていないと、すぐに涙腺が緩みそうになるので、リシアはかまどに使えそうな石を拾い集めた。けっこうそこかしこに転がっていた。 そして、かまどが作れるだろう、という具合に石がたまったころ、息を切らせたケシーが気の抜けた声と間の抜けた顔で現れたのだった。 笑顔でお帰り、といった。時のせいか、さっきよりはまともに笑えた気がした。 自分の心配を気取られないようにつとめて明るく振舞った。 まだ、どうやってケシーに伝えようか、決めていなかった。 |
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