1.ケシーとリシアの図書館像


 碧と別れた翌の朝、トェモを出て伝説の概要を調べるため学問の町ザットへと向かったケシー達だったが、モンスターたちとの遭遇もあってなかなか思うようには進めなかった。
 あっという間に日は暮れ、四人は野宿を余儀なくされた。こうも野営ばかりしていると、今が天候が安定している時期であることに感謝したくなる。雨にぬれることなくここまで来られたのは幸運だ。
 夕飯の準備をしながらリシアがぼやく。
「ああ、カーラが一緒に来てくれてほんとよかったぁあ。ケシーもフィービットも食べるくせに作れないんだもん」
 なんとなくその言い草にケシーはむっとしたが言い返せはしなかった。何もやっていないのは事実だ。フィービットも苦笑いを浮かべている。
 リシアにはリードルグからトェモまでの道のりでフィービットの家事全般の不得意が知られていた。彼女に言わせれば「……お嫁さんには家事ができる人がきてくれないと生活できないね。独り暮らしなんて絶対無理じゃない?」だそうだった。
「すまんな。その手のことはどうも苦手で」
「きっと役割分担というものですよ。昼間のモンスターとの戦いでも私やリシアさんは後方援護ですから。お二人は前線でたくさん動いている事ですし丁度いいんじゃないですか?」
 リシアはきょとんとカーラを見つめると、カーラって良い人だよねぇ、と更にぼやきを重ねた。もっともリシアとて本気で嘆いていた訳でもない。
 迫る夕闇に調味料の香りがなびく。
 四人になったことで夜の見張りの交代も随分と楽になった。見張りと言っても念のためであり、今までに危機的状況に陥った事など一度もなかったりもした。
 ザットまでおそらくあと半日強ほどだろう。ケシーはくすぶるたき火をつつきながらそんなことを考えた。

 封印が解放された数が増えたからだろうか。モンスターとの遭遇は頻度がぐっと高くなっていた。何も戦う術を持たない者はもはや出歩けないほどに。
 四人になって楽になったとはいえ、疲れるものは疲れるわけで目的地であるザットに着いたときには膝に腕をつかえて立っているような状態だった。半日強でつけるかと思いきや、日はとっぷり暮れていた。その事実もよりいっそう疲れを増させる。
 ザットの街並みは理路整然と言う言葉が似合っていた。道の敷石がこれでもかというほどに規則的に見える。もっとも例えば白い街並みが美しかったパラグロフもこれとほとんど同じような敷石なのだろうが、雰囲気がそうさせているのかかしこまった印象を受ける。立つ建物もどこか優美さというか知的さのようなものが漂っていて――学問の町という冠がそうさせているのかもしれないが――正直ケシーは場違いな気がしていた。
 この石畳の上に自分なんかが立っていること自体が間違いだと、妙な言い方をすれば町全体から拒絶されているような感じすら受け取れる。偏見に過ぎないのだろうけれども。
 いくら拒絶されているような感じがするとはいえ今日はここに留まる事には違いない。
 それによく感じ直せば、漂う夕飯の香りはどこも同じだ。窓から零れる灯も暖かい。家路に急ぐからかぽつぽつといる小走りな人ももちろん自分達となんら変わりはない。街灯にはやはり少し拒絶されている気がしたが、しかしそんなことはありえないだろう。
「調べものっつっても、こりゃもう明日だよな」
「私ももう休みたい。体がべたべたして気持ち悪いのなんのって」
 ほんの少し潮の香りが混じっている。海が近いのだ。町自体は港ではないのだが、近くにはザット港が存在してる。その風もどこか身にまとわり付くような感じなのだろう。
「とにかく宿を探しましょうか」
 カーラが提案したから、というよりも誰からともなく宿を探し始めていた。

 「うわ、何これ。おっきい建物ー」
 街灯の白っぽい光に照らされて巨大な建物が一つそびえていた。高さ自体は二階くらいまでしかないだろう。しかし敷地面積が相当に広い。
 リシアが目を丸くするのも無理はなかった。彼女が田舎村であるラッカンスの出身であるならなおさら。
 またそれはケシーにもいえたことである。
「なんだ?お役所か何かか?」
 ケシーは端から端まで視線を動かすが、視界だけでは収まりきらず首も動かす。
 フィービットが苦笑気味に二人に言った。
「何を言ってるんだ。それが図書館だぞ」
 その建物、図書館を見渡していた二人の首がふいにぴたりと止まった。
 そして、壊れたブリキのような音をたてそうにゆっくりと首をフィービットとカーラのいる後方に回す。
「これ、としょかん?」
「この、おおきいのが?」
「どうしたのですか。ケシーさん、リシアさん……」
 二人の異常な驚きようにカーラが怪訝そうな顔をして声を掛けるが、二人は一言も発せず、ただ宿を探しにふらふらと歩き出しただけだった。
 フィービットとカーラは視線を交わしてお互いに首をかしげた。
(っていうか、あれ、あんなところに本が山盛りって一体探し出すのにどれくらい……)
 ケシーとリシアは気分が重たくなるのを隠せなかった。多大なる誤解であるとは微塵も思わずに。

 朝の光をうける町はまた夜とは違った様相を呈していたが、どちらにせよ暗い気分なケシーとリシアは大して変わりなく見えた。というよりそんな精神的余裕がなかった。
 その図書館は昨日よりも更に大きく威圧感を持って感じられる。
 二人は深く深くため息をついた。
「どうしたんだ、二人とも。昨日からなんだかおかしいぞ」
「だって、これ……。いや、いい」
 口に出すのもなんとなくおぞましくてケシーは口をつぐむ。リシアには伝わっているのだろう、似たような顔つきをしていた。
 しかしその表情も一歩中へと足を踏み入れた途端、真逆に反転する事となる。
「え、え、え?」
「これ、図書館なのか?ほんとに?まじで!?」
 列を乱さぬ本棚に整然と本が並べられていた。本棚の側面にはその本棚に収められているジャンルが記された札が掲げられている。本も背表紙がきっちりとそろい美しいとまで思わせた。
 つや光りする石でできた床は人影を鮮やかに映し取り、ゆったりと落ち着いて本が読めそうなソファが各箇所に置かれている。
「想像してたのと全然違うよな……暗くないし床が腐ってない」
「うん、ほんとだよね……変な匂いしないし本が山のように積み重なってない」
「どんなのを想像してたんだ、お前ら」
 ケシーとリシアはどんなのって、と顔を見合わせる。
 彼らが触れてきた蔵書のある場所といえば村にあった、老婆が小さく経営していた図書室だ。二人の印象には薄気味悪い所と残っている。そして本を探そうにも何処に何があるかがわからないので探すに探せない。ジャンルわけなんてとんでもなかった。数学書の隣に料理のレシピ本なんかがあったりするのだ。
 さすがに経営者はだいたい把握しているらしかったがその老婆にちくいち説明するのも面倒で結局は遠ざかっていた。もとより本を読むような性質でもなかった。
「これ、ジャンルだよな」
 ケシーがおっかなびっくり本棚の横の札を指す。
「私、この建物にいっぱい積み重なった本の中から探すんだって、思ってた……!」
 リシアが涙ぐみそうな顔をする。
「俺には……理解できん」
「私も、ちょっと」
 そんな田舎者二人の様子に戸惑いを隠せない二人に、ケシーとリシアは意気揚揚と振り返り声を揃えていった。
「さあ、探そう!」
 昨日とは打って変わりすぎな態度だった。

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