1.一縷の望み その翌朝、ケシーはずんと重い頭を無理に起こした。とりあえず、事態を整理しなくては、と思う。 昨晩は例の地獄の特訓で体の疲労がひどかったのと、あの手紙のせいで頭がぐちゃぐちゃになってそのままベッドに文字の通り倒れこんで寝てしまったのだ。 (リシア……一体、どうしたんだよ。何があったんだ?一体いつ、そんなことになったんだ?……わからないことだらけだ) 右手で片目を覆い、ぐっと力をこめた。 (最初から……か?そんなわけない。それなら最初から旅に出ようなんてそんなことしないはずだ。思い出せ、旅に出てから、リシアが一人になった時間……昨日か?いや、違う。だってリシアは直接言いたかったって言ってた。つまり俺とリシアが別れる前だ。じゃあ、野宿して水を汲みに行ったとき?いや、確かに少し遅いとは思ったけど、そんな時間は……あ!) 記憶をよみがえらせていくとようやく思い当たることがあった。 その時間があった二人が離れていた時間。森の中で感じた妙な違和感。飯盒をひっつかんで意味もなしに走っていったリシア。間違いなくケシーが薪を拾いに行っていた間にあったことだとケシーは思った。しかし…… (でも、リシアは魔術が使える。ちょっとやそっとのことじゃ絶対に屈服しない。それにそんな戦ったあと、って感じもしなかった。なにか、強い力を持つ人を、屈服させる方法……?) 何かが出てきそうでここまで出てきそうで、出てこなかった。 むしゃくしゃして片目を覆っていた右手を頭へ持っていきかきむしる。 その時、ケシーの部屋の扉を強く叩く音がした。あたかも起きていない人を起こすかのようなノックだった。 ほとんど無意識のうちに扉まで行き、そっと開いた。 「起きていたんだな。なんだ、起きていたのにまだ着替えてないのか?」 扉の向こうにいた人物、それはウォッツだった。 起きっぱなしだったので、確かに昨日の夜着たタンクトップから服をかえていない。 あきらかに普段着には見えないそれにウォッツはそう声をあげたのだった。 「ウォッツ……さん」 呆然とした状態のままでウォッツを招き入れる。ウォッツは部屋のカーテンを開けると部屋に光を取り入れた。あらためて朝がきていたのだ、とケシーは実感した。 「なんだ、元気ないな。なにかあったのか?私でよければ相談にのるが」 練習疲れ以外の何かに気づいたのかウォッツは気遣わしげにケシーに声をかけた。 もともと無骨な彼であるから、その言葉を聞いてケシーは自分の落ち込み具合がいかなるほどか知ることができた。ただ、誰か「人」に会えたことはケシーにとって救いだった。あのまま閉め切った暗い部屋で考え続けていたとすると少しぞっとする。 「実は……」 おおまかな話は昨日のうちに伝えていたので長い話でもないがケシーはいきさつを語った。どうやってリシアを仲間に入れさせたのかもわからない、ということまで。 ただ、リシアが魔術を使えるということは適当に誤魔化したが。 もう少しウォッツが驚くかと思ったが、ウォッツは相変わらず冷静で沈着だった。随分と大事だな、と呟いたのみである。 しかし、それはそれで非常に心強く、嬉しいものだった。 「そうか……。まず彼女を入れさせた方法だが、お前は根が、よく言えば優しくて悪く言えば単純なんだな」 「え?」 「さっきお前も言っただろう。力がある者を屈服させるには、と。そういう時に使われるのは、人質だろう」 「あ」 間抜けな顔をしたことが自分でもわかった。 きっと自分には本などで見るいわゆる強盗などの悪役にはなれないだろうというどうでもいいことが頭を過ぎる。なんにせよ、そんなものにはなりたくないのでどうでもよかったが。 「でも、人質って……誰を?まさか、あんな夜の森の中で誰かを捕まえて人質にするなんてできるわけ……」 「お前は、絶対に悪役にはなれんな」 「……なりたくないから、いいです」 それでもなぜか他人から太鼓判を押されると物悲しいものがあった。 「人質といっても、なにも目の前にいる、またはあるものだけが人質ではないだろう。例えば敵方が組織立っていたとすれば、なにか遠くにある、いるものを仲間が壊す、殺すとでも言えば手出しはできまい。ここまでいえば流石に判るだろう」 ケシーは黙った。 正確には何も口にだすことがしばらくできなかった。 全てがつながった気がしたのと同時に、衝撃が自分を襲ったのだ。 「ま、さか、お……れ?」 「お前だけではないかもしれない。ただお前のことも入っていたと考えるのが、妥当だろうな。手紙にはそういうことには触れられていなかったのだろう。なら、なおさらだ」 ウォッツの言葉はひとつひとつが深く心に突き刺さった。ウォッツがケシーをいじめて楽しんでいるわけではない。的確でおそらくは事実に近いであろうことをそのまま、ありのままに述べているのだ。 それが逆に辛かった。 気づかないうちにリシアの足枷になっていたことに腹が立った。もちろん自分に対しても、ギルバーツ一味に対しても。 自分の力のなさを思い知らされた気分でもあった。もしも、自分が刺客なんぞを一刀両断できるような腕前を持っていたのなら。そしてリシアがそれをわかっていたのなら。こんなことにはならなかった。 今さら悔やんでもどうしようもないことばかりが浮かんでは消えてゆく。 ただじっとしていてもしょうがない、それはウォッツに話を聞いてもらいようやく出てきた言葉だった。 ケシーは座っていたベッドから立ち上がる。 「俺、リシアを助けに行きます……今、すぐ」 その決意表明を聞いたウォッツはにやりと片頬をあげた。 「今すぐ、は無理だ。あと二日はかかる」 「そんなこといってる場合じゃ……っ!!」 「バカ者。気ばかり急かしてもどうしようもないことくらいわからんのか。一度その頭を冷やせ!お前のそんな剣の腕でなにかできると思ってんのか」 「で、でも」 「いいか、己の限界を知れ。もちろんたまには限界を超えてでもやらねばならないこともでてくるだろう。だがな、己の限界も知らずに限界を超えるなどできると思っているのか?今の状態のお前が行っても事態は何も良くならん」 その通りだと焦る気持ちを必死に抑えてケシーは静かに言った。 「……すみません、頭に血が上って……。わかりました。あと二日、よろしくお願いします」 頭をウォッツに向かって下げると彼は昨日の場所で待っているぞと言い残し、部屋をあとにした。 ケシーはそれを見送るといそいで着替え(着替えながらパンをかじった)部屋を出る。 宿の階段を下りながらリシアの手紙の内容を頭に思い起こしていた。 何をしたっていいから、止めて欲しい。それは暗にリシアは自分の死を思い描いているように思えた。 (そんなバカな真似、絶対にさせない) そのためにも自分は少しでも強くならなくてはいけない。 まだ自分の身すらろくに守れないのだから、そんな不安をリシアが抱えていたのだからもっと強くならなくてはいけない。自分の身はもちろん、リシアも守ることができるくらいに。 ケシーは決意を新たにし、ウォッツのいる空き地へ向かった。 絶望の中、一筋の希望を見失わないように。 |
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