3.粘り強さは勝利への…


 ウォッツの声のトーンが変わった。ごくりと唾を嚥下する。フィービットも若干神妙な面持ちになった。ケシーほど緊張している風ではなかったけれど。

 フィービットと練習場の真ん中で向かい合う。持つのは真剣ではないけれど、漂う雰囲気は真剣。
「私の合図ではじめてくれ。どちらかが参ったといったらそこで終わりだ。言わせたほうの勝ち」
 試合か、と、思ったとき。
「ちなみに、ケシー。勝てないようだったら、戻れ。村に。こんなところで立ち止まっていては、お前には何も出来ない。それから、フィービット。負けたら才がないと思って追い出すぞ」
 どきんと、心臓が跳ね上がった。いきなりそんなことを言われても。いきなり緊張が糸を極限まで張り詰めたように高まる。フィービットの顔も緊張の度合いが増したように見えた。
 お互いに、負けられない。
 二人とも横に構える。
 ケシーは焦った。確かにそうなのかもしれない。格闘を本業とする彼に負けていたのでは、なにもできないのかもしれない。
 そのことがいきなり現実味をおびると心臓が早鐘を打つ。
 自分はなにもできなかったのに。ラナケアを救い出したいのに。リシアを助けたいのに。なにもできないだなんて。村で不安を抱え指をくわえて待っているだなんて。できるわけがない。勝たなければ。
 ウォッツが合図を下すまでの時間。それが妙に長く感ぜられた。呼吸をひとつ、ふたつ、みっつ。高く鳴る鼓動を静めようとする。静まらない。そしてまた、呼吸をひとつ、ふたつ、みっつ。
「始めッ!」
 結局おさまらなかった焦りはケシーを先に動かせた。大地を蹴る。正面から軽く斬りかかった。力量はどれほどのものか。フィービットもそれを受け止める。そしてはじいた。ケシーは後方へ飛びずさり距離をとる。フィービットははじいたまま、横薙ぎに胴をはらう。ケシーはそれを見るともう一歩地をけって後方に。フィービットは反応が速い。隙がない。ケシーも隙を作らないように心がける。そして踏み込んで下から切り上げるように剣を振るい、フィービットは紙一重でこれをよけた。また間合いを取る。
「やるじゃないか」
「そちらこそっ!」
 二人の剣がぶつかりあう。力と力のぶつかりあいだ。均衡しているが、若干フィービットの方が背丈のぶん勝っている。しかしフィービットは口を笑みの形にすると、力を一気に抜いて後方へさがった。支えを失ったケシーは倒れこむようにつんのめるが、たたらを踏んで転ぶことは免れる。
 しかし、そこにフィービットがうちこみをかけてきたからたまらなかった。
 地を転がるようにして跳ね上がるが、息があがっているところに再び打ち込みが来る。
 歯を食いしばってこれを受け止めえるが、重かった。どこにこんな力があるのだろうか。バランスを崩すが、片足に力を込めて思い切って飛び出しフィービットの横をすり抜ける。負けるわけにはいかないのだ。なんとしても。
 息があがって剣が重たく感じられる。それでも、一歩踏み出さなければ。勝たなければ。
 そして焦りは隙を呼んだ。
 斬りかかろうとするケシーの脇に。フィービットはそこをすかさずにしたたか打ち付けた。
 半端でない衝撃が走る。
「あ……っ」
 衝撃で呼吸が邪魔された。
 そのまま地面にたたきつけられすれた頬がひりひりと痛い。今のが真剣だったら。やられているかもしれない。剣を手放さなかったのがせめてもの救いか。しかし。
「あきらめたら、どうだ」
 荒い息でフィービットが問う。剣の切っ先が目の前に見える。息を呑んだ。
 こんなところで終わらなくてはならないのか。仮にここで参ったといって、村に帰るふりをしてリシアを助けに行ってもいいのかもしれない。ただそれには自信がなくなってしまう。だから、諦めるわけにはいかない。負けられない。リシアの顔が脳裏を過ぎった。
「おおおおおおっ!」
 足で思いっきりフィービットの剣の先端を蹴り上げた。フィービットも油断していたのか、あっさりはじかれ、その間にケシーは跳ねるように身を起こした。
 そしてまだ反動からぬけきらないフィービットの剣の先をからめとり、そのまま力の限り剣を跳ね飛ばした。
 剣が地に落ちる音が聞こえた。
 ケシーの剣はフィービットの喉元に押し付けられている。
 フィービットは瞳を閉じて肩で一つ息をした。
「参った。俺の負けだ」
「そこまで!」
 ウォッツの声が聞こえたとたんに張り詰めた糸が切れてケシーはその場にへたり込んだ。
「あー。心臓に、悪ぃ……」

back top next
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送