4.新しい仲間


 「ふたりともよくやったな。見ているほうが手に汗握ったぞ」
 ウォッツの無責任な感想を聞いて、ケシーは地に腰を落としたままため息をついた。こちらは手に汗握るどころではなかったというのに。
「いや、ケシー。すごいな」
 フィービットが笑顔で手をさしのべた。すっきりした笑顔だった。もし負けていたら、自分は彼にこんな表情できただろうか。
 ケシーはその手を取って立ち上がった。
「そんな。まだまだです。真剣だったら、一度俺殺されてましたよ……」
「でも、最終的にお前は勝った」
「まあそうだな。真剣だったならばこの勝負はフィービットがもっていっただろうよ。ケシーに足りないものは場数だな。おまえは感情を制御しきれていない。私の揺さぶりにあっさりと応じて」
「揺さぶり……ってあれ本気じゃなかったんですか!?」
「いや、本気だったさ。第一私がそう言わなければお前途中であきらめただろう?それもいけないな。最後まで諦めなければ先ほどのようなこともあるだろうさ。フィービットは、油断したな」
 フィービットは少しばかり悔しそうな顔を見せた。
「そうですね。あそこで勝ったと正直思いましたから」
「ま、なんだ。こんなとこで立ち話もなんだから、私の家に行こうか」
 ケシーとフィービットは頷くと、つかれきった体をゆっくり動かしてのんびりとウォッツの家に向かった。
 空を見上げれば青く澄んでいて、今度は清々しく見えるものだからケシーはわからないように笑いをこぼした。

 茶を一杯入れながら、三人で先ほどの試合の論評を交し合っていた。
 当たり前だがまだまだ学ぶことが多い。三日。三日にしてはよくやったのかもしれないが、所詮は付け焼刃なのだ。
 話の流れで年齢の話になったのだが、フィービットは十九であった。四、五歳上だなんてとんでもない。たったの二歳しか違わない。少しの劣等感が混じったため息をついた。
 剣で互角かそれ以上。なのにフィービットは格闘技が本業である。二年の差は大きい。そう思いたかった。
「そういえばケシー。お前剣の腕を磨いてなにか目的があるのか。ずいぶんと勝ちに執着していたが、村に帰るのが嫌だとか」
「うーん、そういうわけじゃないんですけど」
「それから、師匠が『君たち』とか言っていたが連れでもいるのか」
 よく覚えているなとケシーは内心舌をまく。けれど事情を話すか話すまいか一瞬間迷った。いきさつを思い出したくなかったのかもしれない。自分がみじめになるだけだから。
 しかし、情報もほしい。どこだかに使いに出していたとウォッツも言っていたから、もしかしたらフィービットは何かを知っているかもしれない。
「まあ、いたんですけど……」
 つっかえつっかえケシーはいきさつを話し始めた。ラナケアのことから、リシアが消えたことまで。リシアが魔術を使うことが出来るというのはちょっと抜かして。説明を求められてもケシーに説明できるかはわからなかった。本人でもなぜ妖精と呼ばれる存在しか使えない魔術が使えるのかわからないらしいから、ケシーに説明を求めてもどうしようもない。だいたい、実際に目にしなければ信じられないだろう。
 フィービットは神妙な面持ちで聞いていたが、そういうことについての情報は残念ながらもっていないといった。
 今から思えば急な話だった。まだそんなに日がたっていないと改めて思い知らされる。リシアは無事だろうか。早く、追いたい。
 そう思うとここでじっとしていることが耐えられなくなった。ケシーは椅子から立ち上がる。
「そうだ、俺、リシアを追わなくっちゃ!ウォッツさん三日間お世話になりました。俺、もう行きます!」
 今にも飛び出していきそうなケシーを呼び止める声がある。
「待て、ケシー。俺もついていっていいか?足手まといにはならない。これも何かの縁だ」
「え?フィービット……さん?」
 ケシーは目を丸くしてフィービットを見つめた。急だ。展開が、急だ。ついていけない。
 それは来てくれるというならば非常に心強い。それに一人よりは二人いる方がいいに決まっている。しかし、こんな訳のわからない出来事につい今しがた出会った彼を巻き込んでもいいものなのだろうか。ケシーはしばらく逡巡した。
 ウォッツは面白そうにながめている。
「俺ももっと色々な場所で自分の腕を試してみたいんだ。……迷惑か?」
「い、いえ!そんなこと、ない、ですけど」
「ならいいじゃないか。どうせ俺はもうここにはいられないんだから。ですよね、師匠?」
「あ……」
 そういえば、試合前にウォッツが言っていた。フィービットが負けたとき、彼を追い出すと。
 バツが悪くなってケシーは少しうつむいた。
「そうだな」
 ウォッツがにやりと笑って、フィービットも笑い返す。
「そういうことだ、ケシー。道中、よろしくな」
 反対しきることが出来ずに、ケシーはよろしくお願いしますと呟き返した。負い目を感じてしまうのは無理もないだろう。

 フィービットがウォッツの家にある荷物をまとめて、そしてウォッツと一緒にケシーのとった宿におしかけた。
 ケシーも支度を済ませ、ウォッツに礼を述べて村を去ろうとした。
「そうだ。ケシー。もし行く当てがないのならこの村の北のほうにすんでいるじいさんを訪ねてみろ。こんな辺鄙な村の住人ではあるが、それであっても情報集めの好きなじいさんでな。何か知っているかもしれん」
「そうですか!……なにからなにまで、ありがとうございました、ウォッツさん」
 行くあてが全くといっていいほどなかったケシーは喜色を満面に礼を言う。確実ではないが、道は繋がっている。細々とでもたどっていける。
「お世話になりました、師匠」
「いや。なかなか楽しかったよ。子供もいないからな。相手をしているようで楽しかった。達者でな。がんばれよ」
「ウォッツさんも、お元気で」
 ぺこりと礼をしてケシーとフィービットは歩き出した。

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