5.情報料は禿げオヤジ


 「フィービットさん、ほんとによかったんですか?何が起こるかわからないんですよ?」
 北に住まう老人を訪ねるための道中、ケシーはもう一度念を押した。もしもちょっと近所に行って来るのノリであんなことを言ってしまったのならきっと後悔するだろうから。なにか、この事件には並々ならぬ黒い気配を感じる。街が一つ崩壊している。それだけの力を持つものを相手に取ろうとしている。
「ケシー、前から言おうと思っていたんだが、さん付けと敬語、どうにかならないか。もっと気安くていいんだぞ」
「えーと……努力します」
「ほら、また」
 フィービットは苦笑した。
「俺は全然かまわないんだ。もともと武者修行するために故郷を飛び出してきたんだからな。それに、騙したようで悪いがきっと師匠は遠からず俺を追い出す予定だったろうさ。俺も出て行く予定だったけどな」
「へ?」
「まあ深く考えることもない。出て行くきっかけがお前になっただけだ」
 なかなかこの男は掴みがたいとケシーは思う。
「あの……極端な話かもしれないですけど、命張ることになるかも知れないんですよ?」
「俺を試しているのか?それはよくわからないがお前の覚悟よりはきっと俺のほうがそれは弱いと思う。けど、俺も家を出たときそれなりの覚悟はした。なにがあっても文句はいわない」
「でも」
「わかった。そんなに不安ならこうしよう。俺は自分の身に危険を感じたらおりさせてもらうから。これでいいんだろう?」
「はあ」
 なんだかうまくまるめこまれた気がした。まあ、せっかくここまで言ってくれているのだから、ありがたく同行してもらうことにする。あまり卑屈になるのも意味がない。やはり押しに弱いケシーである。
 ウォッツの話していた北に住む老人のことはフィービットも噂程度には知っているらしい。家の位置もだいたいはわかるので、フィービットについていくように村を縦断した。
 北のはずれに、ちょっとばかり寂れた風情の一軒家が建っている。ちょっとガタがきているようで隙間風などが寒そうな家だと思った。こんなところに老人を住まわせておいてもいいものだろうか。
 けれど、フィービットの話では変わり者で有名らしいので案外と楽しんでいるのかもしれない。
 そして近づけば、なるほど玄関に「情報」という傾いた看板がかかっていた。
「情報って……」
「いやたいしたことはないさ。ただの噂好きのじいさんだよ。特に金を払えとかそういうことじゃない。なにか適当に噂を教えてやったりすればいいらしい」
「噂……って俺知らないですよ、そんなの」
「なに、問題はない」
 フィービットは思い出すようになにかを笑った。ケシーにはなんのことだか全く分からなかった。
 そして一呼吸おいてから扉を二、三度叩く。
 すると奥の方からほいほーいと能天気そうな返事があった。
(あれ?この声どっかで聞いたような?)
 なんだっただろう、とケシーが思いをめぐらせているうちに目の前の扉が開いて小柄な老人が現れた。あごひげは白く伸び、同じ色で垂れ下がった眉の下からのぞく瞳は少年のように輝いている。というより何事をも聞き漏らすまいという信念が刻み込まれているような。
「あなたは……」
 どこかで聞いたような声だと思ったら。
 なんのことはなく、この村を訪れたときウォッツの家の場所を尋ねた老人だった。
「お主はこの前の。連れが変わっているな。たしかお主はウォッツのとこの弟子。して今度はなんのようじゃ?」
 なるほど、確かにその記憶力は素晴らしい。ただ道を訪ねただけの二人組をしっかりと覚えている。
 そしてフィービットのこともしっかり情報の一部に含まれているらしかった。
「ええ、ちょっとお聞きしたいことがあって」
「ほう?ということは珍しく客ということじゃな。入れ入れ、歓迎するぞい」
 老人は半身を引くとケシーたちを中に招き入れた。たしかに情報を聞き出す客なぞこの村にはいないだろう。ここもラッカンスと比肩する田舎だ。平穏無事に日々がすぎていくに違いない。旅人だってなかなか訪れないような村だろう。
 老人は茶を入れるからまっとれい、といってさして広くない家の中にある数個の家具のうちの一つのテーブルと椅子をさして湯を沸かしにいく。
「随分と記憶力のいい人ですね」
「記憶力じゃなくて耳もいいんだ。この村の諸事情であのじいさんの耳に入っていないことはないんじゃないか?」
 そこまでか、とケシーは片頬をつりあげて苦笑した。しかし、村の小さな図書室を経営していた老婆を思い起こせばこの老人の方がまだましなかんじだ。あの老婆はこの老人以上に得体の知れないところがあった。影で悪魔召喚なぞをやっていそうな雰囲気だったのだ。そういえば近所の子供達からは魔女と畏怖の念をこめて呼ばれていた。
 しばらくすると老人が茶を入れて持ってくる。
「すみません、わざわざ」
「いやいや、客なんて久し振り、というより珍しいからのう。これくらいしなくては」
 といってほっほと笑い声を立てた。やはりどちらかといえば人は明るい方が良い。
「で用件は?わしの情報を聞き出しに来たのじゃろ?」
「まあそういうことになりますね」
「そっちのウォッツの弟子は知ってるじゃろう。そちらの持ってる噂、先に教えてもらおうかのう」
「いや、こっちがさきですよ」
 フィービットが口を挟んだ。
「ちょっとこっちが聞きたいことは不確かなことが多いんでね。あなたが知っているとは限らない」
「持っているんじゃな?噂を」
「ええ。きっとあなたの耳にまだ入ってないとおもいますよ」
「それは楽しみ。では聞こうか?何が知りたい」
「え、あ」
 ケシーはどもる。よくよく考えればどうやって聞けばいいのだろう。自分は何が知りたいのだ。あまりに知らないことが多すぎて聞くことすら出来ない。リシアの行った先なんて知るわけがない。せいぜい、村を出るところを見たとかそういうレベルでしかないはずだ。かといって聞くにしてもリシアやラナケアと関わったやつらのことなんてカケラも知らないから聞けない。
 しばらくうんうんと唸っていると老人がポツリと呟いた。
「もしや、先日お主と共にいたあの娘さんのことかの?」
「し、知ってるんですか!?」
 よもや先手をとられるとは思わなかった。しかもケシーの心中をどんぴしゃだ。老人は眉の置くの瞳を光らせて笑っている。
「正解、のようじゃな。まあなかなか不確かな情報ではあるが、なにかの役に立つかも知れぬ。アーノの街の港で不思議なやつらがいたそうじゃ。なんでも全員が全員黒マントをかぶった男どもがな。それだけならばただの変なやつらなんじゃが、その中に一人だけ青い髪の少女がいたそうでな。場違いなほど目立ったおったらしい」
「リシア……リシアのことか!?」
「わしも詳しく話を聞いたんじゃよ。容姿も似ておるようじゃ。日付から考えても、お主の連れておった娘さんに間違いはないじゃろう」
 リシアの持つ青い髪は珍しい。いないというわけでもないが、そんなにいるわけではない。怪しいやつらと絡んでいるところから見てもおそらくリシアだ。
「そいつらはアーノから船でどこかへ行ったそうじゃ。残念ながらわしもどこかまではわからぬ。アーノへ行って情報を集めるのが一番じゃろうて。収集の基本は千里の道も一歩からじゃ」
「ありがとうございますっ!」
 老人はにっと笑みを浮かべた。
 目の前が一気に展望したような気がした。きっとたどり着ける。姉の、そしてリシアのいるところに。
 アーノの街はケシーたちの住むワーイス大陸にある二つの港町のうちの一つで、それなりの繁栄をみせている。
 さあ、いざゆかんとケシーが立ち上がろうとしたとき。
「ちょっと待てぃ。おぬしらの噂を渡してもらおうか?」
「あ……」
 そういえば、そんな約束だった。
 すっかり忘れていてどうしようと少し考え、そういえばとフィービットに目をやった。
 ふっとフィービットが笑みをこぼす。そして自信満々の顔つきで鋭く言い放った。
「ご老人。実はこの家の隣のおやじ……ついに禿げたそうですよ」
「なにっ!?」
「知らないのも無理はありません。禿げたのが三日前。それから彼はショックのあまり家に閉じこもっていますから」
「そ……そうじゃったのか……。閉じこもっておったのは知っていたが、ついに……」
 老人の瞳は見開かれて驚きを隠せないでいている。わなわなと拳が震える。
(お、おおげさだなぁ……。だいたいなんでフィービットそんなこと知ってるんだ?)
 心の中で敬語を使わないようにしてもしょせんそれを表面に出すだけの勇気がないケシーだった。フィービット本人がいいといっているのに。
 フィービットの情報に満悦したのか老人は快く二人を送り出してくれた。
 アーノの街には夕暮れまでにはつけるだろう。ケシーは印象深い三日間を過ごした村をこうしてあとにした。

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