6.冒険の扉を開く 道中、何度も何度もフィービットに敬語は止めろとたしなめられた結果、ケシーはなんとか普通に話し掛けられるようになっていた。確かにこっちのほうが親しみ易く親近感がわくかもしれないと、なおしてからケシーは思った。 特に何事もない平和な道のりで、お互いについて色々話していた。フィービットはどうやら格闘技の道場の息子らしい。幼いころから鍛えられていたのでそこそこ自信はあるようだった。その彼がなぜ格闘技が本業といわれることを嫌っているのかまでは話してくれなかったのだが。格闘技そのものは嫌いでないとも言っていた。 ケシーも自分はラッカンスの出身だと言って、いかにあそこが田舎であるかを話してみたがいかんせんラッカンスとスーワルンしか知らないケシーが話しても実感はわかなかった。正直田舎といわれているからちょっとけなしたくなって、田舎だ、田舎だといってみたがケシー本人はラッカンスをそんなに田舎だと思っていない。というより何を基準にして考えるかの差なのだ。姉が暮らしていたカミギエルとてそこまで規模が大きかったわけでもない。 だから、アーノの街についたとき、ケシーが瞳を丸くしたのは言うまでもなかった。 日が傾き、世界を赤く染めたころケシーたちはアーノの街につくことができた。 夕陽に染まった街を遠目に見ただけで驚いた。なんだ、この規模は。この家々は。この人の多さは。 この時初めてケシーは田舎の意味を理解した。そうだ。まぎれもなくラッカンスもスーワルンも田舎だ。ここがたとえ大がつかない都会だとしても、あそこは田舎だったのだ。 「そういえば、船を使ったっていうことはつまりリシアたちはこの大陸から出たんだよな」 「そういうことになるな」 「俺、大陸から出るの初めてなんだ。なんだかわくわくするなぁ」 「どこもたいして変わらんさ。ただ、モンスターが出るな」 「そっか。強いのか?」 「それは強い奴もいれば弱い奴もいる」 モンスターが出ないことからワーイス大陸は「聖地」などと呼ばれることもたびたびあった。なぜワーイス大陸にモンスターが出ないのかはわかっていない。 この大陸を出るということはモンスターの脅威と向き合うということ。 しかし、脅威よりもケシーは戦ったみたいようなそういう衝動に駆られる。自分の強さはいかなるものか。モンスターとやりあうだけの腕を持っているのか。 それにしてもよかったとケシーは思う。フィービットがいなければこんなにも前向きではいられなかっただろう。まかりまちがってもわくわくするだなんて思えなかったはずだ。 大陸の外への夢を持ったところでその行き先を定めなければならない。リシアは一体どこへ行ったのか。 「よし、情報集めないとな」 「その前に宿をとろう。仮にお前の捜し人の行方がわかったところで、もう今から港を発つ船はないだろうからな」 道理だ、と思ってケシーたちは宿を適当にとっておいた。そして、目撃情報が一番多そうな港へとむかう。空はだんだんと夜の色を濃くしてきていた。 港では新鮮な品々が集まり市が開かれていることが多いが、さすがにもうどこも店じまいを始めているようだった。船乗りらしき男達も荷物を船からおろしたり、明日のために積み込む姿が目立つ。 活気の名残が心地よかった。 ところが、会う人会う人に聞いても皆知らないという。確かに、港だから人の出入りも激しいだろう。だから覚えている人は少ないかもしれない。でも誰かが覚えていてもおかしくはないのではないか。彼らの風貌は明らかに目立つ。 何人目とも知れないある若い船乗りに尋ねたとき、いい返事が返ってきた。リシアらしき人のことを覚えているらしい。 「ああ、見た見た。青い髪の女の子。なんか人買いみたいな連中と一緒だったが大丈夫かねぇ」 「あのっ!どこへ行ったかわかりますか?」 「さあ、ちょっとそこまではな。ああ、でも二番港の方に向かってたからきっとセクックテドンだな。あ、確証はねえからな」 船乗りに礼を言ってケシーたちは二番港へむかった。もしかするともっと有力な情報が得られるかもしれない。なければセクックテドンに向かう心積もりだったが、セクックテドンに向かったという確かな情報もほしい。 船まで使って渡って空振りだったなんて悲しすぎるし、時間の無駄だ。そうこうしている間にリシアがどこに連れて行かれるのかどんどんわからなくなる。 二番港につくと、やはり船が近くなったからか船乗りの姿が目立った。しかし、誰も彼も忙しそうにしていて聞いても知らねえよ、と厄介そうにあしらわれてしまう。 「だめだ。誰も覚えてない」 「まあ無理もないのかもな。それに彼女の乗った船はまだ帰ってきていないのかもしれない。その船の船員なら覚えているかもしれないがな……」 「そっかぁ」 ケシーは深くため息をつく。 あたりはもう夜といってさしつかえないくらいに暗くなっていた。明日にした方がいいのだろうか。 そのとき、海の方の暗闇の向こうで小さな火のようなものがちらついているのが目に映る。 「なんだあれ?」 そこは堤防らしく足を踏み外さないようにしながらケシーは近づいてみる。フィービットもあとを追った。 そこにいたのは一人の小太りな船乗りだった。海をうつろな目で見て煙草をふかしている。あのちらついていたものは煙草の火だったらしい。 「あの、すみません」 男に声をかけるが反応がない。無視、といった風でなく聞こえていないようだ。心ここにあらずといった状況だろうか。 「すみません!」 ケシーは語調を強めてもう一度呼びかけた。急に現実に引き戻されたかのように船乗りの男はこちらをむく。しかしやはり瞳は虚ろなままだ。なにかあったのだろうか。 「あ、ああ、何か用かい?」 何か用かといわれて、そういえばリシアのことをたずねるために声をかけたのだと思い出した。二回目に声をかけたときはどちらかといえば男の様子が気にかかって声をかけていたから。 「えーっと、二、三日前にこの辺で青い髪の女の子見ま」 ケシーは口に出した言葉を言い切ることはできなかった。 船乗りがさえぎった。 「ああっ!そいつだ、そいつっ!そいつが……俺の、仲間を……あああああっ!」 虚ろだった男はいきなり半狂乱になったように叫びだした。 ケシーもフィービットも驚いてしばらく声が出せなかったが、どうやらリシアのことを知っているようだったので、なんとかなだめ話を聞こうとした。嫌な予感がした。俺の仲間を……どうしたというのだ、リシアは。 男がだんだんと落ち着いてきたところでケシーが切り出す。 「その話、もう少し詳しく聞かせてくださいませんか?」 「……」 男は返事をしなかったがぽつりぽつりと話し始めた。 「俺はこっからセクックテドン行きの定期船の船乗りをやってるんだ。二日前の夕方、そいつと黒マントの奴らが俺らの船に乗り込んだ。場違いに女の子もいるし妙な集団だとは思っていたが、仕事だしことわるわけにもいかねぇ。客は客だしな。怪しいなんて理由で断ってちゃ商売上がったりだ。それで昨日の昼頃、予定通りにセクックテドンに着いたんだ。俺は仲間達より先に船を下りて食料とかの買いだしに行ってた。船に戻ろうとするとちょうどそいつらが出てくるところだった。そしたらなにか青い髪の子と男のあいだで言い争いが起きて、何だ何だと思ってるうちに」 男は一度言葉を切った。声が震えている。体も。 「そいつが杖っぽいのをかざして、船が爆発して、炎上してた。俺は、一人生き延びて今ここにいるのさ。あんなの人間にできる芸当じゃねえ。あいつは、悪魔だ……悪魔だっ……」 男は下を向いて震えていた。ケシーは二の句が告げない。悪夢だ。それがリシアでなかったらと切に願うが、それはありえない。リシア以外の誰が出来るというのだ。ただケシーはその男に何も言葉がかけられずにいた。フィービットがケシーの肩に手をおいてそっとしておいた方がいいというので静かにその場を離れた。 「リシアだ。絶対に、リシアだ。そんなことできるの、あいつくらいしかいないよ……」 正直フィービットは男の見間違いか何かだろうと思っていた。おそらくケシーの捜し人は関係ないと。なにかの事故だったのだろうと。そうケシーに言うつもりが先にケシーにそういわれてしまって度肝を抜かれた。しかも声が沈痛な響きをもっている。 「お前の捜し人はそんなことができるのか」 「できる……。でもッ!絶対リシアはそんなことすすんでやろうとなんてしない。するわけ、ないんだ……っ!」 何かの事情があったはずだ。また脅されたのかもしれない。 ただ絶対にリシアはそんなことをしないという確信があった。なによりも自分の力で人が傷つくのを嫌い、恐れた彼女なら。 「その……彼女はどうやって爆破を?」 フィービットが尋ねづらそうに疑問を口にした。確かに信じられないだろう。そんな簡単に船が爆破できたら世はくだらないいさかいが原因でさえ、今ごろ戦渦に巻き込まれているだろう。あっというまに世界は滅亡だ。 ケシーはしばらく逡巡したが、どうせ隠しきれるわけはないのだ。大丈夫、きっとフィービットは信じてくれる、だろう。器の大きい男だから。負けた相手に笑顔で手を差し伸べられるような人だから。 「……リシアは、魔術が使えるんだ。やろうと思えば、たぶんそんなこと簡単、なんだと思う」 あまりリシアが魔術を使うところは見たことがない。リシアが人前で使うのを極端に厭っていたからだ。小さいものならそれなりに見た気もするが、大きいものなんて全くと言ってよいほど見ない。 ただ船を爆破させるほどなんてどんな力を秘めているのだろう、彼女は。あまりケシー本人も魔術については触れたくなかったので今までリシアに聞こうとしなかったがもしかしたらとてつもなく大きな力なのかもしれない。 昔から火山の噴火や竜巻などは全部妖精の悪戯だといわれている。妖精の悪戯。魔術。そんなにも大きな力。 「ま、魔術?彼女は人間じゃないのか?」 フィービットに悪気はないだろう。人間じゃない、というのもおそらく妖精の類か何かなのかということを聞きたかったに違いない。あの船乗りのように悪魔と言いたいわけでなく。けれどケシーはその言葉に少し機嫌を悪くした。むすっとして答える。 「人間だよ、れっきとした」 姿も万人に見える。耳も尖ってない。羽だってない。どこからどう見ても、人間だ。まあ、確かに初めて聞けば悪魔にも聞こえるかもしれない。実際に誰か人を傷つけるものを見たならばなおのこと。 ちくりと胸が痛む。 暗く重たい沈黙が降りてしまったのでケシーは慌てて話題を変えた。 「あ、あのさ!ところでなんでセクックテドンなんだろうな。小さな島なのに」 ケシーがいくら村から出たことがないといっても、常識程度の知識はある。世界地図もおおよそなら頭に入っていた。 セクックテドンはアーノから見て北東の方角にある島だった。小さい、といってもそれなりの大きさはあるのだが。ただむかうにしてはどうにも狭い気がする。 二人はどちらともなく宿に向かって歩き始めた。 「ああ。それはきっとセクックテドンが大きな港町だからだろう?大きいといっても港町としては、の話だがな。あそこならば世界のいたるところへ通じる船が出るだろう。船での移動ならほとんど誰でもあそこに寄るな」 「なるほど……」 知らないことは、多い。狭かった世界がいっきに広がっていく。こんなにも広く、いろいろな生活が営まれているのだ。正直感動に似た驚きがある。 明日はセクックテドンに向かう。初めて、大陸の外へと足を踏み出すのだ。 こうして、港町での夜は静かに更けていった。 ここ数日、天候は安定していた。この日も例によって見事な快晴。白い雲が目にまぶしい。 「いい天気だな。出航日和だ」 起き抜けにぽつりとフィービットがつぶやいた。 全くもってその通りだ。航海の知識が全くないケシーにもそれは思われた。 出発の準備を整えると、二人は宿を出て二番港に向かった。 もう港は活気付いていていろいろなところから声が飛び交う。港の活気は心地よい。 船券売り場でセクックテドン行きの船があるかを調べると、運のいいことにもうすぐ出航するものがあった。 あの事件は「事故」で片付けられているらしく、出航に支障はない。もっとも故意にやられたとわかれば船なんて出してもらえないだろうからケシーたちにとって都合はいいのだけれど。 チケットを二枚買うと出航間近な船に飛び乗る。間もなく、帆が張られ、いかりがあげられた。目の前には世界に繋がる海が広がる。 冒険の扉が、今、開かれた。 |
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