2.急いては事を仕損ずる?


 ケシーの初めての船旅はといえば特に変わったこともなかった。ただタルーアに乗ったときに遠目でしか見たことのなかった海が間近にあったことには新鮮味を感じていた。海の水がしょっぱいのは知っていたが、感じたのは初めてだ。匂いがあることも知った。ただの水ではない。風も森に吹いているものとは違って、肌に張り付くようなとろりとした風だった。
 なかなかに楽しかった船旅も同日の夜には終わった。到着したセクックテドンの港は巨大だった。夜だから遠くまでは見通せなかったがおそらくはアーノよりも大きいだろう。茫洋たる黒い海や陸に広がる点々とした小さな灯が物語っている。
 目に見える範囲でも巨大な船舶が何艘も泊まっていた。
 昨日堤防で出会った船員の話を思い出してフィービットが呟く。
「夜、か。やつらは前前日の昼についたというが……。爆発事件のせいでおそらくその日のうちは船が出なかっただろう。宿に泊まった可能性が高いな。泊まりついでにさぐってみるか」
「ああ」
 ケシーも頷いた。フィービットは頼りになる。彼一人では焦りも乗じて落ちついて考えることはできなかったかもしれない。
 彼らは宿を探して歩いた。ところがこんなにも沢山の宿があるというのに夜ということもあってか満員で泊まれない。もちろん、逐一リシアのことを尋ねたが知っているところはどこもない。二人はどんどんと街外れのほうに歩いていき、ようやく一件空いているところを見つけられた。野宿せずにすみそうなので二人は胸をなでおろした。
 チェックインしついでにケシーは受付にいた主人にリシアのことを尋ねようとする。
「あの、一昨日にここに青い髪の」
「待ってくれ!」
 主人はいきなり血相を変えてケシーの前にてのひらを突き出した。
 なにがなんだかわからずケシーは瞳を丸くする。
「あんたらのいいたいことはなんとなくわかる。だがこれは口止めされているんだ。言うとどうにもワタシの命がぶっとんじまうらしい。どこまで信じていいもんかはわからんが、怪しげな連中であったことは確かだ。保身のためにこれ以上は聞かんでくれ」
 ケシーとフィービットは顔を見合わせた。それ以上は何も言わず部屋へ向かった。
 部屋について明かりをともしたとたん、緊張が解けたかのように二人は話し始めた。
「口止めか」
「追うのが難しくなったな。ここからやつらを運んだ船が見つけ出せたとしても……無論、また爆破されている可能性もなくはないが……そいつらは何も話さないだろう。有力な情報は手に入りづらくなる」
「そうだな。どうすりゃいいだろう?」
 口止めされている。誰も話してはくれない。見知らぬ他人に命をかける馬鹿はいないだろう。
 それならばこれからはリシアを追えないではないか。
「ああ」
 フィービットも少しばかり困った様子でそううめくように呟いた。人に尋ねるしかないこの状況で口止めされるのはかなり辛い状況である。
「いや、ちょっと待てよ。あいつらだって偶然見た人たちには逐一口止めなんてできないよな」
「そうか、偶然見たケースか。探すのは大変そうだがそれはいいかもしれないな……」
 あまり気乗らないようであったがフィービットも頷きはした。
 なんとなく自分の思いつきが優れているような気がして、ケシーは胸を躍らせた。それがどれだけ大変かなど全く気にせずに。
「明日から頑張ろう!」
 そして意気揚揚と彼は寝入った。船旅で体が疲れていたのも重なってすぐに睡魔はケシーを襲った。

 「かあさん、かあさん!」
 家。ケシーの家だ。そしてケシーは玄関から母、フースを呼んでいた。
「はいはい、どうかしたのケシー。怪我でもした?」
 台所から手をふきふき、フースが顔を出す。
「ちーがーうー!誰かいるんだ!来て!!」
「誰かって、だあれ?」
「知らない子!早く早く!」
「なになに、どうしたの?」
 騒ぎを聞きつけラナケアも顔を出した。
 父は外出していて今家にはいない。
「ああもう!はやくぅ!」
 ケシーは地団太を踏んでラナケアとフースを引っ張って走り始めた。
 歩きなれた道を無意識に走ってたどり着いた場所。
「ほら」
 ケシーが指さす先には、村の子ではない変わった服装をした少女が怯えた瞳をしてこちらを見つめていた。

 ぱちり、と目を覚ますと朝だった。夢。朝日が窓から差し込んでくる。なかなか爽やかな朝だ。
 起きてしばらくケシーは懐古の情に浸っていた。が、ものの数分もしないうちに見ていた夢がなんだったか綺麗さっぱり忘れていた。懐かしいような気はする。思い出せなくてしばらくもどかしい思いをしたが、あきらめた。思い出せないものは思い出せない。
 隣のベッドを見るともうフィービットは起きたようで中には人がいなかった。
 部屋を見回すとフィービットと目が合った。
「起きたか。よかった、お前は寝起き悪くないんだな。なかなか起きないから……」
「は?」
 わけのわからないセリフにケシーは怪訝な顔をして首をかしげたが、すぐにフィービットがなんでもないと手を振った。

 二人はさっそく街の雑踏へと繰り出した。大きな港で世界各地から色々な品が集まってくるからか、色鮮やかに珍しいものが路上に並んでいた。あちこちから聞こえる人々の声は陽気で弾んでいた。
 観光、というわけでもないのだが多少周りを見回す余裕のできたケシーたちは気に留まる品々をひょこひょこのぞいていた。フィービットはケシーと同じワーイス大陸の出身らしいが、流石放浪しているだけあって、あの村にこもりっきりだったケシーに比べればそういった品々に対する知識は圧倒的に多い。ケシーは店の者の説明やフィービットの補足やらをただ頷きながら聞いていただけだった。
 ひょこひょこ覗きついでにリシアのことを尋ねてみたりもしたのだがこちらは一向によい返事はうかがえなかった。道行く人々に聞いても、また然りである。
 この街の特性として交通の要所というところがある。それはすなわち人の出入りが多いということで、地元の人も含むここ数日をここで過ごしたという人も全体から見ればそう多くはないだろう。そしてこれらから考えられることといえば、日が経てば経つほど分が悪いという結果だけだ。早くしなければならないのはわかっているのだが、思ったように情報が集まらず早くもケシーは嫌になってきていた。
「思ったより大変だな」
「まあな」
 フィービットは苦笑する。ケシーが思うにどうやら彼はこうなることを見越していたらしい。昨夜も気乗らない風であった。それでも否を唱えなかったのは他に良い案が思い浮かばなかったからだろう。つまりもうこれ以外に策はない。
 それだというのに誰に聞いても、知らないだとか、時間がないだとか冷たくあしらわれる。嫌になるのも無理はない。最も諦めるわけにはいかない。
 くたびれた足を休めるため街中のベンチに座ってただ忘我の状態になっていると、一人の幼い少年が目の前に立った。
 なんだろう、とフィービットに目で問い掛けると、彼も首をかしげた。
「どうしたの?」
 すると少年は無言でベンチを指差した。
 わからない。
 黙っているとやがて少年は口を開いた。
「そこ、僕の席」
 どうやら少年の縄張りに踏み込んでしまったらしい。もうそろそろ動かねば、と思っていたところでもあったのでケシーはごめんごめんと笑いながら言って席を譲った。
「ん」
 少年は満足そうにベンチに腰掛ける。
 ふとケシーは思い立って少年にリシアのことを尋ねてみた。案外見ていて覚えているかもしれない。指定席があるところを見ると、どうやら地元の人間でもあるようだ。
「あのさ、長い青い髪の毛の俺と同じくらいの歳のお姉ちゃん見なかった?一昨日か、その前かぐらい」
「見てないよ」
 少年は足をぶらつかせながら答える。
「そっか」
 ケシーは肩を落とした。一人の人を捜すというのは思いの外大変だ。こんなことでは先が思いやられた。あまりたらたらしていると、行方がわからなくなってしまう。リシアたちはおそらくどんどんと先にいっているのだろうから。
「あー、でもね」
「なんか見た!?」
 少年は一瞬固まった。ケシーは慌ててごめん、と謝る。それを見てフィービットが笑ったので、軽く睨んだ。
「ん。父ちゃんが、酒場は話の宝箱だって言ってる」
「酒場……か」
 そんなものとは今まで無縁だったので考えも及ばなかった。しかしそういう考え方もある。むしろここでうろうろしているよりも有効かもしれない。ケシーの勝手なイメージによるものだが、船乗りなども多そうだ。きっと接点が増える。
 そう思うといてもたってもいられなかった。
「サンキュー、ぼうや!」
 ケシーはそう言い放つと同時にどこにあるのかもよくわかっていない酒場に向かって走り出した。
「ぼうやじゃないよ!」
 憐れ少年の叫びは期待に胸をふくらませるケシーには届かない。かわりにフィービットが悪いな、といってそのまま彼もケシーの後を追って走り始めた。あとには頬を膨らませる少年が残るのみである。

 抜けているとも直感が当たるというのはなかなかに便利なもので、偶然にも方向はあっていたらしく割合にすぐ酒場は見つけることができた。見つけることはできたのだが。
「深夜、営業?」
 見せの扉には準備中と乱暴なのかそれともそういうデザインなのかよくわからない文字で書かれた札がぶら下がっていた。その下には営業時間も記されていたのだが、これがまた夕方から明朝にかけてなのである。
 道行く人々に聞いてみるがどうやらこの街に酒場はただ一軒、ここだけらしい。それなりに規模は大きいのでかなりの人が集まると期待できるのだが、焦っている心には深夜営業はもどかしい。まだまだ昼時でお天道様も存在を誇示するがごとく頭上でさんさんと光を撒き散らしていた。海辺の光は、木々遮る森の中で育ったケシーとしては少し強く感じる。
 あとから追いついたフィービットが呆然と突っ立っているケシーを見て首を傾げたが、店の扉にかかる札を見て納得した。
「まあ、こればっかりは焦ってもしょうがないさ。街中で聞き込んでも効率が悪いのはわかったわけだ。もう飯時だしな。食べに行こうじゃないか」
「……そう、だな」
 明らかに暗いものを含む声でケシーは同意を示した。フィービットも苦笑いするしかなかった。

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