3.動く岩は路銀を持つ


 「路銀って」
「は?」
 食事の途中にケシーはふと思いついて、そのまま口に出した。ぼんやりと呟いたので反応がもらえるとは思わず、慌てて口の中のものを飲み込む。ただ漠然とした不安があっただけなのだ。しかし呟いたからにはたいしたことでもないわけだから口にせねばならないだろう。手を止めているフィービットに悪い。
「いや、路銀ってどうやって調達するんだろうなって」
 こうやって食事をしているわけだが、お世辞にも財政が潤っているとはいえない。宿代で村を出たときにフースから少しばかり貰った路銀も尽きようとしている。何も稼ぐ手段をもちえていないので当たり前といえば当たり前なのだが、今まで真剣に考えようとしなかった。考え付いた今でもたいして逼迫しているとは思っていない。というより思えない。
 フィービットはしばらく考えてから口を開いた。
「いざとなったら外で夜を明かせば宿代はいらないし、食べる物だって植物なら自生しているものを食べるだとか、肉なら捌き方を知っていれば狩りでも獲れるわけだから食費もいらない。そうすれば路銀なんてものはいらないだろうが、そうもいかんだろうな。あとは行く先々で日雇い労働者のようなことをやって稼ぐだとか、まあ俺みたいなのはてっとりばやくそこら辺のモンスターを倒すけどな」
「モンスター?って、ああ、そうか。ここはもうワーイスじゃないからいるんだ」
 街中からは出なかったのであまり気にならなかったのだが、ここはもう聖地だとか言われているワーイス大陸ではなく、一つの島だ。となればモンスターも存在するのだろう。そう思うとなんとはなしにわくわくとした昂揚感がふつふつと湧き上がる。未知のものに対する好奇心というのが一番近いかもしれない。
「じゃなくて、なんでモンスターなんだ?モンスター倒したらお金が得られるってどういう仕組みなんだよ。あのモンスターは危険なので退治したら報酬払いますとかそういうのか?」
「いや、そういうのもあるかもしれないが俺みたいなのは違う。こういうのもなんだが、モンスターに金を取られてしまう不幸な奴もいるってことさ。だから全部のモンスターが金を持っているとは言わない。それは気性が穏やかな奴とかは持っていないことが多いだろうな」
「でもお金を奪うって一体」
「さあな。モンスターの気持ちまでは汲み取れんが……ヒカリモノが好きだとか」
「なんだそりゃ」
 フィービットの本気なのか冗談なのかよくわからない発言に小さく笑いをこぼしていると、フィービットは失言だと思ったか話題を切り替えるように強く言った。
「そうだ、どうせ夜までは暇なんだからちょっと街の外に出てみないか?お前、まだ見た事ないだろう。街近辺にはそんな凶悪なのはいないからな。この辺りで見ておくのがちょうどいいんじゃないか。路銀稼ぎにもなるしな」
 ケシーはあの地道な聞き込みが功をろうすとは到底思えなかったので二つ返事で賛成した。
 全く実感の湧かない未知のものだ。話に聞くようなものが本当に実在するのか、とすればどういったものなのか。その答えが街の外には待っているのだ。

 なんだかんだまだ一度も使っていない真剣をケシーは改めて腰にすえた。ラッカンスを出たときに家から掘り出してきたものだ。どうやら若い頃に父が使っていた産物らしく時代を感じさせたが、刀身はまだ輝きを放ち鋭利な気を漂わせていた。ショートソードの類で思ったよりも重たかったが、移動中に当たり前ではあるがずっと持っていたこともありすでに慣れていた。振り回すとなればまた別かもしれないが鍛練と慣れだろう。
 セクックテドンは街とその外が門と壁によってしっかりと区切られていた。ラッカンス、カミギエル、スーワルン、アーノといったワーイス大陸の街や村はそういった区切りが明確には施されていなかったのでケシーは少なからず驚いた。
 しかし、フィービットによればあの門と壁はモンスター対策なのだそうで、ワーイス以外の大概の街や村には簡単なものから堅固なものまでなにかしら施されているらしい。
「外って言っても案外普通だな。ワーイスと変わらない」
「そんなにはびこっているものでもないよ。やっぱり街道とかには少ないし、もっと森や山の近くに行けば多くなる。動物とさして変わらんといってもいいかもしれない」
「そういうもんなんだ」
「じゃあお目にかかるためにちょっと街道から外れてみるか。覚悟はいいよな?」
「おう!」

 森に入ると見えない位置から攻撃されるおそれがあるというフィービットの言によって見通しのよい平原をケシーたちは見渡していた。モンスター間でも弱肉強食の争いがあるのか、特に姿は見て取れない。そこはケシーの想像していたものとはまた違った。
 岩がぽつぽつと存在し、短い緑の草は風にそよぐどこにでもありそうな普通の平原だ。平和とも取れるその風景。これで鳥が一鳴きすれば完璧だ。
「もっとうじゃうじゃといるかと思った。全然見えないな」
 ケシーは首をめぐらすが、やはりそれらしい影は一つもない。風が吹く以外には静を保っている。雲が早く流れる空を見上げても鳥影一つない。鳥形のモンスターはいるのだろうか、いたとすれば空から襲ってくるのかと止め処なく考えていると、ふとタルーアを思い出した。リシアとおそらくはケシーよりも長きを共にしていた青い怪鳥。リシアと行動を共にしているはずなのだが、二人――一人と一匹は今どうしているのだろうか。
 酒場が開かないとはいえどうにも時間がもったいなかった。一刻も早く追いたいというのに。
 ケシーがぼうっとしていると、しばらく周囲を見渡していたフィービットが今更のように相槌を打った。
「そんなにいたんじゃ、今ごろ大騒ぎさ。それに見えないというのも真実とはいえんな」
「どういうことだよ」
 もう一度注意深く、それなりによいと自負している視力で彼方までを見通すが動く影は何もない。動かない不審な影もない。
「そんな遠くじゃない。いくぞ」
「いくぞって、おい!」
 ケシーから見ればあてもなくすたすたと歩き出したフィービットの背を追う。
 フィービットの背に追いついた時、唐突に彼は剣を抜き横様に薙ぎ払った。剣先の残像が弧を描く。
「うわっ!なにしてんだよ」
「なにしてんだよって、見ろ」
 フィービットの持つケシーと同じような型の剣先のさす方向には。
「岩?」
 草原にぽつぽつと点在していた岩の一つがある。それ以外には何もない。岩陰に何か隠れているのかと回りこんでみるがやはり何もない。
 その時もぞりと岩が動いた。重たげな音をたて、触れてもいないのに。
「え?」
 嫌なものが背筋を這ったのでかがみこむようにして覗いていたケシーは半身を引いた。瞬間、岩が自身の重量を全く気にとめていないような速度でケシーがいたところに飛び上がった。半身を引いていたお陰で紙一重で交わすことが出来たが、果たして顔面に当たっていたらと考えると顔が引きつる。岩はどうやってかクッションをきかせて身軽に着地した。とても岩の所業とは想えない。そもそも岩が動くなんていうことはケシーの常識の範囲内ではない。とすればこれが。
「フィービット、まさか、これが?」
「ああ。その一種だな」
「無機物もアリなわけ?」
「アリのようだな。俺は今までに木だとか泥だとかそういうヤツも見たぞ」
「げっ」
 泥のヤツとはあまりご対面したくなかった。あまりいい想像は出来ない。
 フィービットが視線でくるぞ、と促した。岩はどうやら正面と思われる方向をケシーたちに向けている。一体視覚や聴覚はどうなっているのかぜひとも聞きたかった。
 とりあえず、ケシーは初実践ということで慎重に剣を抜いた。手入れをしたきり一度も使っていない抜き身は白銀の光を放つ。いざ構えようとしたとき、ふとした疑問が頭を巡った。果たして剣で岩が斬れるものなのだろうか。普通に考えると、斬れるとは思えない。斬れたとして達人技だ。ケシーにできるような芸当ではないように思えた。しかし、剣技ならば大目に見てケシーより少し上なだけのフィービットも抜いているから、案外斬ることが出来るのかもしれないとケシーは剣を構える。
 片手剣だが盾はない。身を守るものがない分身軽に動き敵の攻撃を回避せねばならない。
 岩はやはりもぞもぞと動いていたが動かぬこちらに痺れを切らせたのか、再び高く跳躍した。距離感が掴みがたいが、おそらくはケシーを狙っている。
 空に目を眇めながら自分に岩の陰が落ちた時、ケシーは後方に飛び退った。岩がやはりふわりと着地すると、その瞬間を狙いケシーは剣を袈裟懸けに振り下ろした。しかし、あっさりと堅固な外面にはじかれる。少しは削れたようだが所詮はその程度だ。それに加えすこし刃がこぼれた。
「げっ!」
 直感で、このまま斬りつけていけばいつかはこの岩を破壊することができるかもしれないがその前に剣が壊れると思った。そう思うとむやみやたらに斬りつけられない。
 どうすれば、と奥歯をかんだ時岩の後方に陰が走った。フィービットだ。剣は無理だ、と言おうとしたが口をつぐんだ。彼はすでに剣を鞘に収めている。もしもケシーの動きを見てからの行動だとすればそうとうに意地が悪い。
「どいていろっ!」
 岩は飛び上がり、そしてフィービットは高さと間合いをつかんで掌底をくりだした。岩が軽く吹っ飛び、ケシーのいる方向に飛んできたので、身をそらせてかわす。
 岩は衝撃を吸収させる暇がなかったのか、岩が落ちたような音を立てて地に落ちる。岩のことはよくわからないが、どうにか体勢を立て直したらしい岩は再び飛び上がった。どうやら押しつぶすのが岩の攻撃法らしい。フィービットは軽く辺りを見回すと岩に向き合い再び掌底を放つ。やはり岩は飛ばされるが、学習能力があるのか今度は岩らしくもない、例のふわりとした着地だった。
 ケシーはもはやぼうっと見ることしかできていない。
 岩は完全にフィービットを敵と見定めたのか、ケシーには見向きもせずまたフィービットに向かってとんでいく。もはや押しつぶすというよりは頭突きの要領だ。懲りないといえば懲りない。フィービットはもう一度位置を確認するように辺りを見回すと、今度は構えたまま動かなかった。
「何やってんだよ!」
 岩はもう目の前、拳撃を打ち出す時間はない。ケシーの焦りをよそにフィービットは不敵に笑っている。そして岩と接触した時、フィービットは身を引いて衝撃を受け流し、岩の勢いのままに後方へ放った。
 行く先には、ぽつぽつと平原に点在していた岩の一つが。
「あ」
 そしてコントロールはあやまたず、見事に直撃、岩のモンスターは粉々に砕け散った。流石に再生する様子はない。
「まあ、こんなもんだろう」
 そう言って満足げにフィービットはケシーを見た。そういえば彼は格闘術が専門だったのだとケシーは今更のように思い出す。相当な使い手のように見えるが、なぜ本業といわれることを嫌い、別の武芸に手を出し始めたりしたのだろうか。
「思ったよりも一直線型で助かった。掌底で位置を調整してやるだけでよかったからな」
 ということはあの二発の掌底と周囲を見回していたのはそのためか、とケシーは妙に感心した時思い出した。
「っていうか!俺を実験台にしただろ!」
「え?ああ、そういうことになってしまったな。俺も剣を実戦で使うのは初めてだったものだから。俺のところにあいつが飛んできたなら俺が試してみるつもりだったさ」
「……剣、すこし欠けちゃったんだぞ。初めてなのに。どうしよ」
「その程度なら刀剣屋にでも行って研ぎに出せば元に戻るだろう」
 フィービットはケシーの剣を見ながら言う。俺も大して詳しくないんだがな、と苦笑した。
「でも金かかるんだよな。なるべく節約したいのに」
「何いってるんだ。路銀も稼ぎにここに来たんだろ?」
「あ、そっか!」
 ケシーは粉々に割れた岩の方へ近づいた。見てみれば、今まで動いていた面影もないただの石だ。なんの変哲もない。なにがこの岩をモンスターたらしめていたのだろうか。そして粉々になった岩に含まれる陽光に煌く硬貨。
 ケシーはそれを拾い上げた。まだ幾枚も落ちている。それなりの額になりそうだ。
 フィービットが覗き込んで感心したように呟いた。
「このタイプのモンスターは初めて見たんだが、結構持っているな。やはり岩だから闘争本能だけなのか?」
「え、どういうこと?」
 最後の呟きにも近いフィービットの言にケシーは質問を重ねる。
「いや、岩だからきっと何も食わないでも生きていけるだろう?人間を食べるモンスターはまだ聞いたことはないが、動物の、特に肉食系は食べ物を狙って人間を襲うことが多いらしいんだ。だが岩の場合人間を襲うならばそういった闘争本能のようなものだけで動くような気がしてな。それなら空腹などの必要に迫られなくても襲うだろうから襲う回数は増える。それで襲われた憐れな戦う術を持たない人間は金を奪われたりするわけだ。それともこれだけもっているということは同じ鉱物なのだから金が食料だったりするのかな。口のたぐいはないように見えるが。岩のことはよく解らん」
 それだけわかっていれば十分だとケシーは思う。ケシーは岩の気持ちなど考えてみようと思ったことすらない。むしろそれが普通だ。
 そもそもワーイスから出たばかりのケシーにとってモンスター自体が不可解だ。なぜ岩が動き出すのか口のあるなしの前にそこを問いただしたい。
 とりあえずすべて金を拾い集め、財布の中に落とした。これを繰り返せばわりとすぐに路銀は溜まりそうだ。この金たちの元の持ち主の人々には悪かったが、それもまた何かの輪の一部だろう。
「さて、もう少し路銀稼ぎをするか。ケシーの剣も使えないというほどじゃないだろう」
「そうだな。でも、また岩が出てきたらどうしよう。俺は手も足も出ないし。っていうかもしそういうので俺一人だったりしたらって考えると……」
「そういう時は逃げるのが一番だな。身包み剥がされるかもしれないし、ヘタしたら殺されるぞ」
 確かに逃げるのも一つの手だろう。あまり後ろを見せるのが格好いいとは思えないが背に腹は変えられない。
 ケシーは肝に銘じた。

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