4.ルスイ イチモドル 岩のモンスターだけでなく動物型のものから噂の木のものまで様々な種と交戦をしてから、再びセクックテドンの港町に着いた時、すでに日は暮れかかっていた。西に傾く夕陽とその紅い光に縁取られ黄金を彩る雲を眺め街に入る。いつもよりも少し雲の量が多いような気がした。 この刻限ならばちょうど酒場も開いた頃だろうとケシーたちはさっそく酒場へ向かって歩き始めた。外壁の門は基本的に日が暮れたら閉じてしまうというので危ないところだった。締め出されたからと言ってワーイスにいた頃のように野宿もできない、というよりできないわけでもないが、モンスターに対する知識が少なすぎるため危険と思われた。 酒場に行く道の途中で武器屋があったのでフィービットに言われケシーは少しこぼれたショートソードを研ぎに出した。明日取りにくるように言われたが、例え今日中に情報が集まったとしてもこの街から出られる可能性は皆無と言っていいので丁度いいともいえる。 昨夜は初の船旅で疲れていたこともあり街の探索などは全くせず宿を探したのだが、改めて見るともうすぐ日は暮れるのにむしろだんだんと酒場の周辺はにぎわいだしていた。 「なんだかいけそうな気がしてきた」 気だけで何とかなればいいな、と隣でフィービットが苦笑する。 酒場は明かりがふんだんに使われ少しばかり浮いている感じすらする。ケシーは初めて開く酒場の扉に少し緊張して手をかけた。親に止められてまだ酒を飲んだこともないのに、いきなり酒場に突入する羽目になるとは思っていなかった。話によれば、フィービットは何度か入ったことがあるそうだ。彼は騒がしいところよりも落ち着いたバーのようなところの方が好きだといっていたがそれはケシーにはわからない。もっとも彼も酒好きというわけでもないらしい。 ケシーは思いきったように扉を開ける。 グラスの触れる音、人々のざわめき。熱気に酒気。 抽象的に言うと黄色い空気が漂っていた。ぽつぽつと空席はあるが大体の席は埋まっている。船乗り風な男達であったり、市民風な女性であったり、ケシーよりも幼そうな少年であったりそれはいろいろだが外とは一変した雰囲気だった。 「酒臭い」 「そりゃあ、酒場だからな」 「なんかふら〜っとする感じ」 「ケシーは真っ先に酔いつぶれそうだ」 なるほど、それはなんとなく想像できた。唸ることになるのが容易に解る。想像の横ではやはりなんとなく酒に強そうで笑い上戸になりそうなリシアがジョッキを片手にハイテンションで笑っている。きっとこれは一定の量まで飲んだらばたりと倒れて意識を失うというタイプだ。さらにその横ではフィービットがクールにちょびちょびと酒をあおっている。そしてこれは最後までクールに飲み続けるタイプに違いない。 面白いが、自分が酔いつぶれているのはあまり面白くない。しかも翌日は二日酔い決定だ。もっともこれはリシアも巻き込みそうだが。 「おい、大丈夫か?」 フィービットに問われてケシーは現実に戻る。少しあてられたらしい。首を振って大丈夫、と答えた。 さてどうしようかときょろきょろしていると、ウェイトレスらしい女性がよってきた。 注文でもとられるかと思ったのだが。 豊かな巻き毛の金髪でアダっぽいウェイトレスはやはりアダっぽい声で話し掛けてきた。 「あらン?お兄さん達見ない顔ネ。ココにくるの初めてデショ?よかったらこのアタシがお酒の相手してあげるわヨ〜」 「イ、イエ、結構デス」 なれない接待のされ方にケシーは硬くなる。フィービットを見ても似たり寄ったりだ。顔を引きつらせていた。こういうものなのだ、と酒場に対して妙な印象がついた一瞬だった。 「あら!赤くなっちゃって。カワイ〜」 ウェイトレスはくすくすと笑う。 すっかり飲まれてしまったが、ケシーは目的を思い出した。リシアのことを尋ねにここにきたのだ。聞きづらい雰囲気はあるが、手始めに目の前のウェイトレスに聞いてみようと声をかける。 「えっと、ちょっとお尋ねしたいんですけど、青い髪の、俺と同じくらいの歳の女の子見ませんでしたか」 「やだ、カノジョ待ちなのォ?」 「そんなんじゃないですッ!」 後で気づいたことには、どうにも突っ込むポイントが違っていたような気がすることだが、とにもかくにもそれ以上ウェイトレスと話しているとろくなことになりそうになかったのでケシーたちは早々にその場を離れた。 彼女ではなくても聞くことができる人はたくさんいる。そのために酒場に来たのだから。それにウェイトレスよりも船乗りの方がまだ見込みがあるだろう。船でセクックテドンを出たに違いないのだから。 端のテーブルから順に話を聞いてくれそうな人に聞き込みを始めた。が、一向に目撃情報はない。たまに、一杯と気のいい者たちから誘われたが丁重に断っておいた。 一通り聞き終えたところで、ケシーたちはカウンター席に向かって自分たちの席をとった。 それぞれアルコールを含んでいないものをバーテンダーの頼む。彼が店主のようだ。 「だめだなぁ、それっぽい話すら聞かない」 「基本は昼間のと変わらないからな。確率がちょっと上がった程度で。気長にいくしかないんだが……そうもいかないのか」 「だって、むこうは進むことに惑いもしないんだからどんどん離されていく一方だろ?どんどん追いづらくなるじゃないか。今、あいつらを追うにはリシアを追うしかないんだから」 そう思うとリシアが道を残していてくれているような気がした。もともと手がかりは皆無だったのだ。それをリシアが敵の懐に飛び込み、彼女の思惑の範囲ではないかもしれないが足跡を残してくれている。 もっともそれでいくら後を追い易くなったからと言ってケシーは自分の非力を許すことができない。リシアだって本意ではなかったはずなのだ。 いくら手がかりが無かったとて、二人で追っていきたかった。 深くため息をついたとき、後ろからバタバタとかけてくる足音がした。 ケシーが振り向くと、青年が慌てた顔で突進してきている。ケシーが唖然としていると、青年はケシーとフィービットの間にわって入って、カウンターに突撃するように手をついた。 「マスター!あれ!あれ持ってないか!?ああ捨てちゃったかなァ一昨昨日くらいにえーっとどこの席かは忘れたけど手紙っぽいのおいてなかった俺のなんだけどココに忘れちゃったと思うんだけど大事なものなんだなあ捨てちゃってない!?」 どこに読点がつくのだかさっぱりわからない速さで青年は一気にまくしたてた。ものすごい形相だ。 人のよさそうなバーテンダー兼店主はしばらくぼうっとしていたが、青年の言うことが理解できたのかぽん、と手を叩いた。 「あるの!?」 「ああ、はいはい。ありますよ。えーっと」 といって店主は酒棚の脇にある扉をくぐって奥に行ってからしばらくしてまた戻ってきた。 「これですよね」 「そう!それ!ああありがとうマスターもう一生感謝するさすがマスター人間の鑑それじゃあまた飲みにくるから今日はこれで!」 青年はそういうクセなのかまた一気にまくし立てると走って酒場を飛び出していった。嵐のような人というのがまさしく似合う人間だとケシーは思った。 フィービットと顔を見合わせてなんだったんだ、と首をかしげた。 「それにしてもよく持ってましたね、一昨昨日の紙切れなんて」 フィービットが前にいる店主に話し掛ける。青年の話をそこまで聞き取れていたのかとケシーは感嘆した。ケシーには全くと言っていいほどわからなかった。同じ言語なのかとすら疑いたくなるくらいに。 「マスターは物持ちがいいのよ。ね?」 答えたのは気のよさそうな店主ではなかった。声の主を捜すためにケシーがフィービットとは逆隣を見ると顎のラインで濃い茶髪を切りそろえ黒いスレンダードレスに身を包んだ女性がいた。どことなく上品な雰囲気が漂っている。 「捨てられないだけですよ」 女性は常連なのか店主も知った風に口をきく。 そういえば店主やこの女性にはリシアの事を聞いていないと思い、念のため聞いてみた。店主ならば毎日ずっとここにいるわけだからなにか知っているかもしれない。 しかし意に反して答えたのは女性のほうだった。 「青い髪の娘?見たわよ。あんたたちの捜し人じゃないかもしれないけど」 「え?ほんとですか!?えっと、もう少し詳しく聞かせてください。違ってても構わないので」 しかし青い髪は珍しい。自然と胸が高鳴るのも無理はない。 「あたし、ほとんど毎日いりびたってんだけど二三日前かしらね。ここってほら、港町だから人の出入りは多いけど、半分以上はだいたいいつもいるような奴ばっかなの。船乗りとかね。で、あたしみたいのは見慣れない人はすぐ目に付くわけよ。とくに髪の毛が青いだとか特徴があるなら、なおさら。でその二三日前にその青い髪の女の子がいたわ。金髪のあなたと同じくらいの年頃で。なんか思いつめた感じで今にも死にそうな顔してたけど」 二三日前。青い髪。ケシーと同じくらいの年頃。思いつめた今にも死にそうな顔、というのはどうにもリシアのイメージではなかったが、ここにいたということはすなわち船を爆破した後だ。していてもおかしくはない。女性の語る少女はほぼ間違いなくリシアだが、もう少し確証が欲しいのと、肝心の行方がわからない。 女性はちらりと店主を見上げた。何事かを目配せしたようだが、ケシーにはわからない。フィービットはリシアを知らないこともあってか交渉はすっかりケシーに任せている。 「それからねぇ、その娘に関してならもっとビッグな……」 「ビッグな……なんですか?」 なにかあるのか、とケシーが先を促そうとすると女性は無言で手に持っていたジョッキを逆さに振った。一滴も落ちてこない。空だ。そしてそれの意味するところは。 「わかりました。おごらせていただきます」 幸いにモンスター退治のお陰で懐は暖かい。今は情報と引き換えにするならば安いものだろう。これで何もならなかったら損だが、女性の口振りはそれを感じさせない。 「よろしい。マスター、大盛りでよろしくぅ」 「全く、貴女も人が悪い」 そういいながらも店主は女性のジョッキにビールをそそぐ。何事かを店主も知りえているようだが、彼から進んで話そうとしないところを見ると、ただ人がよさそうなだけではないらしい。さすがは経営者だ。 「それで?」 「せかさないせかさない。それで、その娘が帰っちゃったあとなんかメモがおいてあったのよ。書いてあることは忘れたけど、ね、マスター?」 「はいはい、持ってますよ。持ち主不明のものが減るのは嬉しいことです」 やはり店主は人がいいだけとはいえなかったようだ。また彼は置くに引っ込み小さな紙切れを持って戻ってきた。そんなゴミ同然のものすら取っているとは、物持ちがいいにも程があるような気もする。きっとあの奥は様々なゴミに近しいもので埋まっているに違いない。 しかしリシアの残したものならなにか重要な手がかりになる可能性がある。大ジョッキ大盛りなど安いものだ。 店主は紙切れをカウンターの上においた。ケシーとフィービットが同時に覗き込む。 「は?なんだこれ?」 筆跡はわざと変えているような雰囲気がありリシアのものかどうかはわからない。ただ書いてある事は意味不明をそのまま表したような文字の並びだ。 『ノイワエグ イチモドル』 そして片隅に粗暴に上から塗りつぶしてあるが察するに『ルスイ』という文字が書かれている。 「わけわかんないぞ」 リシアと決まったわけでもないのに、頭の中でリシアーと文句を垂れる。こういった暗号のようなものにケシーが強くないのは百も承知だろうに。もっともリシアとて強くなかったが、発案者なのだからまた別だ。 「訳わからない、というほどのものか?」 「え?フィービット、わかるのか?」 「いや、普通わかると思うが」 「あ、あたしもわかったー。っていうかこれはなんていうか暗号として書いたのかしら?暗号になってない気がするわ」 「私も隠す意味はないと思いましたがねぇ」 自分ひとりがわかっていない。フィービットや女性はまだしも店主までわかっている。どうせ頭はよくないと心の中ですね始めた時、フィービットがまだわからないのか、とかいいながら正解とも言えるヒントを出した。 「イチモドルなんて平坦に書いてあるからわからんが、一戻るんだよ。それだけの何の変哲もない文字の並びさ」 「って、ああ!一文字ずつ戻るのか。じゃあ、ノイワエグって言うのは……、ネ、ア、ロ、ウ、ギ……ネアローギ大陸か!っていうと、ルスイは」 もちろん。 「次の目的地が決まったな。ネアローギ大陸だ」 フィービットが笑みを浮かべながら言う。 「なになに?あんたら。えーっとルスイ?だから、リ、シ、アってことはきっとその女の子の名前よね?女の尻でも追ってんの?」 「違いますッ!!」 酒場は妙に誤解を招く場所だと、やはり妙な印象がついてしまった酒場での情報収集だった。 翌日の天気は芳しくなかった。この時期にしては珍しい。あの夕方空は妙に雲が多いと思ったがよりにもよって出港の日に曇ってしまった。船は出せるというので、一刻を争っているケシーたちはもちろん乗ることにしたのだが、ケシーはなんとなく嫌な予感が拭い去れない。なぜと聞かれても答えられない。直感なのだ。虫の知らせとも言うのだろう。 ぼうっと嫌な予感がすると海を眺めていたケシーにフィービットが声をかけた。 「ケシー!すぐに出港だそうだ。準備はいいなって、なんだ、のらないかおだな」 「うん。まあ、予感は予感だよな。準備は万全!行くか」 ケシーは研ぎに出し、元通りの姿で戻ってきた剣を腰にすえた。 灰色の空気の中、ケシーとフィービットはセクックテドンの港を出港した。嫌な予感で出立を迎えるのは初めてだな、とケシーは胸の中でぼやいた。 |
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