4.打ち倒せぬ支配者


 ラナケアが連れてこられた数日後、リシアが拠点に連れてこられたらしい。この二人が連れて行かれたタイムラグはほとんどないのでそんなものだろう。船の都合や、例の爆破事件も加えればそれくらいでおかしくはない。
 そして次の日にラナケアの元からルアが離された。嫌がったのだが、リシアもやってきて絶対に変なことはさせないと約束したらしい。彼等の目的はルアのみでラナケアも共に連れてこられた理由といえばただたんに育て親が必要だったというだけなのだそうだ。まだ乳飲み子であるのだからなお実際の親の方がよいと。
(この子、ルアちゃんか、が目的だったんだ。……あれ?でも攫われたのはこの子が生まれたその晩だ。速いな。ってかなんで生まれたその日にこの子が必要だってわかるんだよ?ほんと恐ろしい速さだな。想像してるのよりもっと大きな組織なのかも)
 まだ残されたリシアを取り返しに行くためにも、対抗していかねばならないだろう。その大きな組織に。
 ラナケアは続ける。
 不安なままで過ごした数日の後、リシアが腕にルアを抱いてあてがわれていた部屋に入ってきた。ルアの様子に異変はない。ほっとしていると、リシアが話はつけたからここを出られると続けた。部屋の中には例の黒マントの男もいたので正式なものと伺える。
 どうやって話をつけたのかは全くわからなかった。
 リシアも一緒に出られないのかと聞いたのだが、彼女はただ首を横に振るだけだったという。それでも、彼女をここに一人残していくのが嫌ですがったのだが、男に気絶させられてしまったらしい。そして気がついたらこの村の前で倒れていたのだ。
 彼女に気付いた村の人が介抱してくれたのだが、すっかり回復してからも生まれたばかりの赤ん坊がいることもあってモンスターがうろうろしている村の外にはでられなかった。よってパラグロフからラッカンスに帰ることもままならない。
 どうしようか途方にくれているとき、ケシーたちが現れたのだ。
「リシア……」
 後手後手に回っている上、リシアを助けるどころかすっかり助けられている。しかも話をつけたというからには、それなりにリシアにも交換条件という形で危険が及ぶはずだ。歯がゆくてたまらない。今すぐにでも飛び出していきたい。ただ飛び出していくにはいささか情報が足りないのでぐっと我慢する。
「姉貴、あいつらの拠点がどこにあるか……知るわけないよな」
「ええ。この大陸に着てからはずっと目隠しされていたようなものだから。やっぱりケシーはリシアちゃんを助けに行くの?」
「もちろん。このまんま放って置けるわけないだろ」
「そうよね。ケシーがここにいるのはつまり」
「姉貴を追ってきた。で、リシアも一緒に村を出てきたんだけど、途中で」
「母さん心配してるわよね。うん、ケシーもありがと。こんな危険な目にはあわせたくなかったけど。……私は、ルアもいるからきっとリシアちゃんを助けにはいけない。すごく、行きたいけど。私の分まで頑張ってよ。ちゃんと罪滅ぼしと恩返し、ううん、友達なんだから、問答無用で。ちゃんとリシアちゃんを助けてきなさい」
 姉の言葉を心に刻む。
「うん。言われなくたって。あ、姉貴もうひとつ聞いていい?」
「何?」
「あいつらは、一体何を企んでいるんだ?」
 目的がわかれば、それに適した拠点なども挙げられるかもしれない。
「わからない。私はずっと部屋に監禁……軟禁程度かしら、されて隔離されていただけで、誰とも何も話していないの。もしかしたらルアならわかるかもしれないけど、聞く?」
 いきなり告げられたラナケアのあまりに突拍子もない台詞にケシーは思わず聞き返す。
「き、聞くって。まだ生まれて間もないっていうのに何言って」
「さあ、なんでかしらね。しゃべれるのよ。随分びっくりしたけどなんか慣れちゃった。可愛い娘だしね。生まれたばかりらしからぬ知識もあるし。これぞトンビが鷹を産んだとでも言うのかしらねー」
「んなのんきな」
 しかし、さすがはラナケアだった。どこか異端を嫌う性質があるこの世界でこうもあっさりうけいれられる人間はあまりいない。リシアが村にやってきたときも一番初めに受け入れたのは姉だったのだ。もしリシアがいなかったら、ひょっとすると自分もその世界の性質に飲み込まれていたかもしれなかった。
 それにしたって、にわかには信じがたい話だ。薄っすらと栗毛が見える当の本人はすやすやと寝息を立てて眠っている。所詮は赤ん坊、寝るのが仕事だ。外見上変わったところはない。
 少しばかり、話すところを見てみたいということもあって、連中の話を聞いてみたかったが、待ったが入った。ずっと黙っていたフィービットだった。
「聞くのはやめたほうがいいだろう」
「ああ、なんだか気が動転しててずっと聞こうと思っていたんだけど、忘れてたわ。あなたは?あ、私はケシーの姉のラナケア」
「俺はフィービットって言います。初めまして。武芸修行の道中にケシーと出会って修行ついでに同行させてもらってます」
「そう、頼りにならないこーんな弟だけどよろしくね」
「そんなことないですよ」
「でもちょっと抜けてるから」
 なんだか自分の恥の話になってきたぞと、ケシーは慌てて話を戻した。
「で、で、フィービット。なんで話を聞くのはやめたほうがいいんだ?」
「ん?ああ。話を聞くことはやつらの秘密、かどうかはわからんが、重要事項も聞くことになるかもしれん。もし何かの拍子に気付かれたら、俺たちを『障害』とみなすだろう。付けねらわれるかもしれない。動きづらくなる可能性があるとは考えられないか?」
「そ、っか」
「それにこれ以上秘密をばらされるのはかなわないとみて、その子を殺しに来るなり、もう一度誘拐するなりすることも考えられるだろう?」
 ルアのいるベッドを見ながらフィービットは言う。危険が多い。確かにルアが秘密を知っている可能性は高い。一度連れ出されたということは、利用されたかもしくは利用される寸前までいっただろう。何か聞いていてもおかしくない。しかし、危険が多い。
 じっと考え込んでいるとおずおずとラナケアが切り出した。
 今までずっと聞きたかったのだが、聞けなかった、聞きたくなかったとでも言う風に、ゆっくりと。
「ケシー」
「何?」
 軽い気持ちで答えた。もうこれ以上心配事など出てはこないと思っていたから。
 忘れていたわけではない。忘れていたかったのかもしれない。
 ラナケアの声が震える。
「あの、ファーマス、は?」
 彼女の夫の名前が、ケシーの義兄の名前が、リシアと共に死を看取った一人の男の名前が彼女の口からでたとき。
 ケシーはただ黙るしかなかった。
 支配者が降り立つ。
 沈黙という名の、全てを語る、打ち倒せぬ支配者が。

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