1.前進への布石 翌日の姉の姿といえば目も当てられなかった。気丈にも起きてはいる。しかし、寝ていないのもすぐにわかれば、泣き通しだったこともすぐにわかる。かける言葉が見当たらない。そして同時に目の前で人が死に逝く様を見せ付けられた感触が生々とよみがえる。何も出来なかった歯がゆさと共に。 いきなり増えた客人を快く受け入れてくれた心優しい家主たちも、どこか重たい雰囲気にとまどっている。 「ケシー」 少し枯れた声でラナケアは呼んだ。 「何?」 緊張した声音で答える。 「ケシーは、これから」 「もちろん、行く。リシアを迎えに。あ、その前に姉貴をパラグロフまで送っていこうか?モンスターで帰れなかったんだろ?多分、姉貴と、えーっとルアちゃんくらいなら守れると思うけど」 「頼もしいことで。いいわ、自分で帰るから。すぐには帰れないだろうけどね、こんな体だし。でも、ここって結構、いろんな旅人の中継地点になってるらしいから、適当についていかせてもらう。ケシーはすぐにでもリシアちゃんを追って。助けに行ってあげて。なんだかあんまりいい予感がしないのよ」 それはケシーも同感だ。いい予感がしないなどという婉曲的なものではなく、はっきりと言ってしまえば、悪い予感がする。そしてただの勘とも言い切れない。早く行かねばとりかえしのつかないことになりそうな、そこまで追い詰められるような、予感。 ケシーは、一つうなずいた。 「わかった。でも死なないでよ」 「何不吉なこといってるのよ。当たり前じゃない。父さんと母さんも早く安心させてあげたいし、孫の顔も見せてあげなくっちゃ。それに……」 「それに?」 ラナケアは笑みを浮かべるとなんでもない、といった。こちらもこちらで不安だが、今はリシアの方が心配だ。 フィービットが唐突に、行くか、といって立ち上がった。 「聞き込みか?」 「いや、村を出るぞ」 「え?だって、何にもわかってないじゃないか。フィービットずっとここにいたよな?いつの間に」 「いつの間にも何もない。推論だけで充分だ。奴らはほぼ間違いなく大陸の西に行った」 推論だけでわかる。この村に着いてからの推論だろう。おそらくはラナケアの話の中にヒントがでていたのか。しかし、彼女自身知らないと言っていたし、なぜ西とわかるのか。すぐに解答を聞くのもなんだか情けなく、しばらくラナケアとの会話を思い出したりして考えてみたのだが、一向にわからなかった。 意固地にならない方がよさそうだと、ある程度考えをめぐらせた所であきらめた。 「なんでわかるんだ、そんなこと」 「お前の姉さんがこの村にいたからだよ。奴らの立場になって考えると、いつ起きるかわからない人間をわざわざ遠いところに放り出すか?どうやら気絶させられていただけらしいしな。道中起きられたりしたら、位置を知られる可能性もなくはない。それならなるべく手近な村や街に置いていこうと考えるだろう。大陸の東側なら、トェモやパラグロフの方が近い」 「ああ、なるほど!」 ラナケアがここにいたということ自体がヒントだったわけだ。視点の切り替えは大切だと思いつつも、絶対にそれができないんだろうな、などと情けないことを考える。 大陸の西側、となれば次に目指すのはリードルグになりそうだ。当初の目的地の一つで、大陸の東西に走る山のふもとの鉱物を掘り出して成り立っている小さな村。距離にして一日と少しといったところだろうか。今から出発したとして、着くのは翌日の昼と言ったところだ。このあたりで夜を明かすのはぞっとしないが、背に腹は変えられない。二人いるわけだから、交代で見張りなどをしておけば大丈夫なはずだ。 「よし、行こう」 ケシーは大きくうなずいた。少しずつだが確実に近づいているはず。 ラナケアに見送られ、ケシーたちはハープスの村を出た。久しぶりの長旅のような気分だった。 「はっ!」 慣れた手つきでモンスターにとどめをさす。これで何匹目かわからない。パラグロフからハープスに向かった時よりもさらに量が増えているような気がした。時刻はもう夕暮れ。街道沿いに歩いているが少し脇にそれてそろそろ野宿の準備をしなければならないだろう。 たきぎ集めの便のよさから森の近くまでそれて、しかし中にまでは入らずそのあたりに陣取った。陣取る、といってもただ荷物を置くだけのものである。 日が沈まないうちに、と二人で手分けをしてたきぎを集めた。そしで石を集めてかまどを組もうとしたところまではいいのだが、ふとフィービットの腕が止まった。 「ケシー、お前料理できるか?」 「いや?」 「……」 「ひょっとしてお前も?」 「どうも、家事はな……」 とどのつまり料理を出来る者がいない。お互い相手は料理が出来るものだと思っていたから、残念ながら材料しか持っていなかった。それはつまり、満足な夕餉を口にすることができないということだ。 二人して顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。 「一食くらい、材料のままでもいいよなー。食べられるの探そう」 「俺は構わん」 「ってか、フィービット、どうやって一人でぶらぶら旅してたんだよ。俺はてっきりお前ができるものと」 「適当に調理されたやつを買ってたからな。俺もお前ができるものとばかり思っていた」 「無理無理。一人じゃ絶対無理。俺が料理すると、見た目はまあまともだけど食べたとたんにって感じなものになるから」 「俺は根本的に無理だ。全くわからん。何がどうなったら材料があんな料理になるのか……」 結局集めたい石は使わずに、火だけ起こした。まだ少し寒い夜の暖を取るのにも、モンスターよけにも役立つはずだ。火がともった瞬間に、炎の中にリシアの幻影を見る。あれ以来の野宿だ。遠いところまで来たなとぼんやり思った。 フィービットは隣で眠っている。交代まではまだ間がありそうだ。ともすれば落ちていきそうな意識を必死になってとどめる。ちらちらする火ばかりを見つめていると、催眠にでもかかったような気分になって眠気が誘われた。 慌てて夜空を見上げれば、旅立つ前日の黒い布に宝石をちりばめたような、あの日と同じ空が広がっている。けれど空の彼方に暗雲が滞っていた。まるきりこれからを暗示しているようで、あまりいい気はしない。天気が崩れることが多くなってきている。季節の、変わり目か。それはまた人生の。 考えてやめた。考えるだけ無駄に違いない。 今やるべきことは考えることではない。目印とした星が、空と森の境界に触れたとき、ケシーはフィービットを起こした。意識がどうにも虚ろだ。フィービットも眠りは浅かったらしく、割合とすぐに起きたので、見張りを交代して早々に寝入ってしまった。 次に起こされたのは早朝だった。太陽は昇っているものの、まだまだ夜の涼しさが残っている時間。フィービットは少しだけ仮眠を取ると言うと寝てしまったので、その間にケシーは出発できるよう荷をまとめていた。といっても、大掛かりな野宿をしたわけでもないから、まとめるものといっても毛布くらいで、あとはたきぎの火を完全に消しておくことくらいしかすることはなかった。 だんだんと空気が温まり始めると、フィービットも目を覚ましてそのまま出立した。うまくいけば、昼頃には目的のリードルグの村につけるはずだ。森は見つけたので、地図によれば森に沿って行き、山脈にあたったところでまたそれに沿ってけば、リードルグが見えるはずだった。 それからの道のりは特に今までと変わったところも無い。ただ妙に量が多いモンスターたちと戦っては、着々と経験をつむ自分たちがなんだか悲しくなってくるということの繰り返しだ。量が多いといったって、だんだんとそれが日常と化してきている。逆接が多いがとはいえど。 「更に増えてる気がする……」 げんなりとケシーが言った。なぜだかリードルグに近づくにしたがって、モンスターの質と量が増え始めている。質まで上がっているのだから困りものだ。 「本当に異常だな」 汗を乱雑にぬぐってフィービットも同意した。山脈は見えたのでおそらく村は近いのだが、もう昼時は過ぎている。回避できる戦闘は回避してきてこれなのだから、相当な量だ。なぜ地域差が激しいのか考えてみるがわかりはしない。そもそものモンスターの起源すら誰にもはっきりとしたことはわかっていないのだから、それ以上のことを考えようとしても無駄だ。 体力もそろそろ辛いものがある。座ると余計に辛くなる、というよりは立つことを放棄してしまいそうなのでケシーは膝に腕を突っ張って中腰の姿勢をとると、呼吸を落ち着けて再び歩き始めた。フィービットも一つつくように息を吐くと、それに続く。 もはや突き動かしているものは、急がなければ、という精神のみだ。 「あ、村だ!」 遠くにぽつりと集落が見える。この範囲内ならば、モンスターの襲撃もまばらになるころだ。どこかほっとした心持ちで、ケシーは足を速めた。なるべく早く着くにこしたことはない。モンスターの襲撃率が一番低いとされている、朝から昼にかけてであの量と質のモンスターがいたのだ。夕刻から夜にかけて、どんな化物が出るかわかったものではない。 村を見つけてからは、やはりモンスターの襲撃は減った。ほとんどないといってもいい。 着いたのは、夕刻に差し掛かる直前でまだまだ聞き込む時間の余裕はあったのだが、残念ながら体力の余裕が無かったがためにそのまま宿に直行した。二人とも一歩たりとも動く気にはなれなかった。 これは、後にある意味での幸運を招くことになる。 |
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