2.熱風の後の静けさ 全くもって幸運としか言いようがなかった。少なくとも、そう思われた。 夜が明けてから、人通りが増えそうな頃合を見計らってケシーとフィービットは聞き込みを開始した。 男達はどうやら鉱山の方に働きに出ているらしく、専ら見かけるのは子供や女性ばかりだったが、案外そういう話は女の方が詳しいものと話を聞いているとすぐにそれらしい話に行き当たったのだ。 とんでもない、というより文字通り願ってもいないような話だった。 「ついさっき見たらしいよ」 井戸端会議が好きそうな中年の女性はそう答えた。 髪の青い、ケシーと同年代の少女、といえばケシーの知る限りではリシアくらいなものだ。だからその特徴を頼りに探してはいるのだが、いかんせん心もとない。フィービットも見たことはないといっているものの、世界はそんなに狭くはない。同じ特徴をもつ人が何人いようと不思議ではない。それに加え、女性もらしい、といっている。 だからケシーは早まる鼓動を抑えて更に続きを促した。 「人から又聞きした話なんだけどね、なんでも全身黒ずくめの男と二人組みだったらしくて。その人は道を聞かれたらしいんだけど、あんまり妙な取り合わせで怪しかったもんだから覚えてたんだって」 ほぼリシアで確定ではないだろうか。 「ど、どこに行ったかわかりますか?」 追いかけているつもりで、まだまだ先は長いと思っていたのに、鉢合わせするとは。思っても見なかったことだ。ついさっきというからには近くにいる可能性は非常に高い。それに道を聞いたということは移動手段はタルーアではなく徒歩のようだ。 「んー?道を聞かれた人は、この村のちょいと東にある洞窟への行き方を聞かれたとか言ってたからねぇ。確かにあそこは行きづらいとこにあるからさ」 「その洞窟への行き方は?」 フィービットが尋ねる。 女性はちらとケシー達の風貌を見た。 「あの洞窟へいくつもりかい?」 当然、とケシーはうなずく。ここまで近くに寄れたのだ。行かない理由などどこにもない。今は、それが目的の旅なのだから。 「やめときな、あの辺は最近変だから。洞窟ン中から妙な音が聞こえるとか言う話だし。それにね、あの洞窟は違うようだが、他のとこではああいう洞窟はモンスターの巣窟になってるらしいから。嫌な話だけど、あそこもそうならないとも限らないしねぇ。行かないに越したことはないよ」 「それでも、行かなきゃ」 自分に言い聞かせるようにケシーは呟いた。それを聞くと、女性はしょうもないと呆れ顔でため息をつき、洞窟への道を教えてくれた。確かに少しばかり込み入っているようだ。タルーアでは踏み込めなかったのだろう。 ケシー達は礼もそこそこにその洞窟へ向かった。 そこは村を出て東の方向に小一時間も歩けばつくような距離だった。頻出するモンスターをちまちまと倒していってたどり着いた洞窟は、はたして洞窟と表現していいか迷うモノだった。しかし、洞窟以外に該当する単語も見当たらないのでおそらく洞窟と呼んでもいいだろう。 それは、ただぽっかりと暗い口をあけていた。 山の側面に掘られるようにして存在しているのではない。ただそれだけの、洞窟のためだけに存在した入り口があった。入り口があり、そこを頂点としてできた小山を半分に割ったような形をした洞窟。地面から生えたような洞窟。奥行きなどたかがしれている。 はずなのだが、覗いてみると暗く、更に目を凝らせばどうやら階段があり地下に続いているようだった。風鳴りが聞こえる。 辺りを見回して見るが、どうやらこれが件の洞窟らしい。それらしいものは他に見当たらない。 「これ、だよな?」 「だろうな」 地下に伸びる階段を二人は慎重に下りていった。カンテラという光源があるものの、いかんせん不規則さを伴った階段を下りるには心もとないものだ。降りきった時には二人して安堵のため息をついてしまった。 ここから先に伸びるのは曲がりくねった一本道だ。しばらく歩いても分岐点は見当たらない。人工的なものなのだろうか。 「それにしても……ん?」 後ろを歩くフィービットが途中まで言いかけたことを唐突にやめ足を止めた。ケシーは、どうした、と振り返る。 「なにか、聞こえないか?」 「え?」 特に聞こえなかったが、改めて耳を澄ましてみると入り口で聞いたものよりももっと大きな風なりがきこえただけだった。どこか恐怖心を煽る。 「風じゃないのか?」 「いや、違う」 それ以外の音を聞き取ろうとするが、何も聞こえなかった。フィービットの空耳か、あるいは自分の耳が悪いのか。 「まあいい。先を行くか……って」 フィービットが前方を見上げて顔を引きつらせた。信じられないものを見たかのような。 ケシーもつられて前を見る。 フィービットと似たような顔になった。 そこにいたのはいうなれば巨大なナメクジだった。ナメクジでないかもしれない。しかし、ナメクジと称するしかなかった。 どろどろとした粘膜に包まれ、カンテラに照らされて艶光りする巨大なでっぷりとした体。ナメクジ自体気分のいいものではないが、巨大化するともっと気分は良くない。目の前にどろどろと流れ落ちる粘液は異臭すら漂わせているような気がして――実際漂っているのかもしれないが――吐き気すら催されてくる。 ただ、あまりにもナメクジというものが場違いなような気がして顔は引きつったままに笑っていた。確かに信じられない。 「……でか!」 ようやく発せられた言葉といえばそんなものだった。それ以外にも言いたいことはたくさんあったが、言葉にならない。 「やっぱり、モンスター、だよな?」 「それ意外には考えられんだろう。塩でも持ってくれば良かったな。仕方ない、倒したところで先に進めるかはわからんが、今ある選択肢は二つだ。引き返すか、戦うか。引き返すか?」 「冗談!」 ケシーは腰にすえた剣に手をかけた。フィービットも、今までは格闘術を適当に使っていたが、さすがに手で触れたくはないと思ったのだろう。ケシーと同じように剣を抜いた。なるほど、両方使えるのは便利だ。 間合いの詰め方を考えていると、ナメクジが唐突に口と思われる部分から液体が勢いよく噴射された。丁度、ケシーとフィービットの間に。ぎょっとして吐き出された地面を見れば、なにかが焼け付くような音をだしながら少し削れている。煙なんかも立ち上っている。はっきり言ってあたりたくない攻撃だ。 冗談のようでも恐ろしい攻撃。やはり顔を半分笑わせてひきつらせつつも、背中に冷たいものが走った。 フィービットが先に地を蹴る。 剣を一閃させるが、たいしたダメージを与えられたとも思えない。ナメクジに血が通っているかはケシーの預かり知らぬところ、というより知ろうともしなかったところだが、ダメージを与えたとわかるものはない。 問題だ。相手は攻撃を避けない。しかし、ダメージは与えられない。あきらかに、あのまとわりついている粘液で攻撃の威力を吸収してしまっている。 フィービットは舌打ちをして軽く剣を振り、粘液を振り払ったが、ケシーも斬りつけてみて顔をしかめた。はっきりいって斬った感触が気持ち悪い。ついでにまとわりついた粘液も気持ちが悪い。その上ナメクジにダメージが与えられているとは到底思えない。結果論を言えば最悪だ。 「こいつは……とっとと倒しちゃいたいな」 二人の得物が剣である以上、斬るか突く以外の攻撃方法はない。それぞれに技法はあるだろうが、つまるところそれくらいのものだ。どちらかといえば突いた方がいい気もするが、結局たどり着くところはあの粘液が邪魔ということである。 粘液が蒸発でもしてしまえば無防備なのだろうが、残念ながら二人にそんな術の持ち合わせはない。 斬っても突いてももダメージを与えられない。ただ相手の攻撃を避けるのに体力を消耗するだけ。 「あーもう!なんとかしてくれ!!」 泣き言の一つでも言いたくなる、と叫んだその時。 「邪魔だな」 ケシーでも、フィービットでもない声が唐突に響く。視界に声の主は見えない。どうやらナメクジで見えない道の先にいるようだが、その声がケシーにとって聞き覚えのある声に聞こえてならなかった。 息をのんだ次の瞬間、轟と音が洞窟に反響して目の前のナメクジを炎が包み込んだ。 ナメクジを包み、柱をあげ、天井に届き火の粉を撒き散らす炎。あまりの威力に二人はナメクジから距離を取った。 炎に見えるナメクジのシルエットが苦しそうに悶える。恐怖すら忘れさせる凄絶な光景。 二人は息をのむ。 炎がやはり唐突に消えた時、ナメクジは跡形もなくなっていた。ただ、放たれた火ではない。ただの炎ではない。 消えたナメクジがいた先には。そこ立っていたのは。 「リシア……ッ!?」 熱風に煽られたなびく括られた青い髪の毛。杖を片手に立つその姿は紛れもなく、リシアその人だった。 |
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