4.信じた戦い-1- ケシーは一度瞳を閉じると、ゆっくりと開けた。ケシーの青い瞳にリシアの姿をしたサリオルが映った。今はあれをリシアと思ってはいけない。あれはリシアではない。少々強引ではあるが、無理にそうけじめをつけた。 「フィービット、ごめん。とりあえず切り替えたから」 「ああ。……無理はするなよ」 「わかってる」 剣を持つ右手に力を込める。サリオルを睨み据えた。 「迷いは……消えた、な」 サリオルは口角をあげると、手の平にまた火の玉を浮かべた。 黒ずくめが隣から忠告をする。 「あまり時間はないぞ」 「む?おお、下等のものどもがあらわれるか。まあよい。消し去ってくれるわ」 「それでは意味がないだろう」 「気にするでない!我等が王が現れた暁には、かような世界なぞ一瞬にして滅ぶでな!」 ため息混じりの黒ずくめの言葉に、サリオルは笑いながら返し、そして収束させた火の玉を再び勢いをもってケシーたちに向けて投げつけた。 「来るぞ!」 サリオルは火球が豪速で飛んで行く中途、投げた方の手で宙を割くようにかいた。火球はとたんに無数に別れ、ケシーたちに襲い来る。 「え、まじかよ!」 二手に別れ壁際まで跳ぶが全ては避けきれず、数箇所に軽い火傷を負う。チリチリとした痛みは集中力を途絶えさせる。数は多いが威力は弱かったのがせめてもの救いだ。痛みを振り払うようにサリオルの元まで駆け寄ろうとする。おそらくは懐に飛び込めば、勝てるはずだ。懐に飛び込んだ後のことなど考えない。懐に飛び込むことだけを考える。 左側にいるフィービットは剣を地面に放っていた。本業が格闘術というからには剣術より無論得意なのだろう。この際好き嫌いは言っていられないに違いない。剣を捨てた分、身軽にもなれる。 走るケシーに、しかしサリオルは余裕を持った表情であしらった。 「遅い!遅いわ!」 彼女が腕を一振りするとそこから水が生まれ、それは刃となり、腹部に直撃して後方までふっとばされた。外傷はないようだが、いきなり加えられた衝撃に大きくむせる。 その間、フィービットは吹っ飛ばされたケシーに苦い顔をしながらも、なんとかサリオルの元に駆けようとするが、今度は水の刃を風に変えたような見えぬものでやはり同じように飛ばされる。こちらは衝撃は水のものほどではないが少し切れるようで少々血がにじんだのにフィービットは舌打ちした。 「近寄れない……」 ケシーは苦い顔で呟く。サリオルはリシアと違ってほとんど魔術を発動させるのに時間がかかっていない。よってその隙というものがない。今もやはり余裕の表情で、彼女からは攻めることをせず、ただケシーたちの動きを待っている。 フィービットはサリオルの動きに注意しながらケシーに近づいた。やはり彼女から動くことはしないようだ。 「どうする、おとり作戦でもするか?」 「……おとりか。通じればいいけど」 「今は他に手立てもないだろう。どっちがおとりになるか」 ケシーはじっと考える。仮にここでフィービットにおとろになってもらったとして、自分がサリオルの懐まで飛び込めたとする。しかし、サリオルに何かできるのだろうか。十年近くも一緒に過ごした幼馴染を前に、リシアの姿を前に何かできるのだろうか。それでいて、自分でケリをつけたいと願う気持ちもある。リシアについて何も知らないフィービットが飛び込むよりは、と考える自分がいる。 ケシーはゆっくり息をはき出した。 「……フィービット、悪いけどおとりになってくれ」 「わかった。近づく方にも危険はあるからな。気をつけろ」 「ああ」 フィービットは地を強くけり、跳ぶようにケシーのいる壁とは逆の壁に走り、サリオルへと向かう。 「何を話したかは知らぬが、何も変わっておらぬではないか!面白うないぞ、人間!」 地に亀裂が走る。恐らくは先ほどケシーに向かってうち、わざと外したものだろうとふんで、フィービットは一度立ち止まり後方に跳んだ。今までいた所で地面が爆発する。岩柱が立つ。その陰に潜るようにしてフィービットは更に走った。 サリオルもそれに気づき、水の刃を放つが、フィービットは岩陰に隠れやりすごした。 「ちぃっ!小賢しい!」 サリオルの顔に苛立ちが浮かぶ。もしかしたら、とフィービットは考えた。いけるかもしれない。距離は確実に狭まっている。至近距離で魔術をうたれるのは危険だが、それはサリオルにも危険を及ぼすだろう。そう簡単に打っては来ない。 いける、と思って一歩踏み出す。 「うわっ!」 思わず足を止めた。目の前に電撃のようなものが走った。声のした方――ケシーのいる方を振り返ると、後方に倒れ伏しているケシーの姿が見える。 「ケシー!」 おそらくは目の前にあるこの電撃に弾き飛ばされたのだろう。そう考えるとこれ以上突き進むわけにも行かず、フィービットはケシーの所にかけた。おそらく向こうからは打ってこない。遊んでいるのだかなんだか知らないが。 ケシーは上半身を起こしてサリオルを見た。フィービットに向けてうっていた魔術が当たらないものだから見えていた苛立ちも消え笑っている。 「くく。わらわに近づくことは叶わぬ」 ぱりっと先ほど自分が吹き飛ばされたあたりに光が走った。 片足と片腕は焼けたように痛い。 「この光の壁がわらわを常に守っているでな!」 哄笑が洞窟に響く。 「ケシー、大丈夫か」 「なんとか」 差し出されたフィービットの手をつかんでケシーは立ち上がった。 そして見えないが目の前にあるらしい障壁を睨む。対抗手段が思い浮かばなかった。常時貼られているらしいその結界。剣などでは太刀打ちできそうにもないうえ、それをうちやぶるような手段も持っていない。 「どうすれば……」 「ああ。魔術の一環で、サリオルをどうにかすればあの結界も破れるのだろうがサリオルをどうにかするには結界を破らなければならない……矛盾するな」 二人して荒い息を吐き出す。サリオルは、まだあそこから一歩たりとも動いていない。この違いは、なんなのだろう。 「もう、来ぬのか?わらわももうそろそろ飽きてきた。終わりにしようか!」 そしてサリオルは火球を放つ。自分から打ってきた。本当に終わりにする気かもしれない。火球はまたも豪速でとんでくる。 (あれ……?) 「ぼーっとするな!」 フィービットの声にはっとし、ケシーは慌ててその場から跳びすざる。紙一重で火球は地にぶつかり、えぐり、消えた。 (おかしい、なんで……) 「ちょこまかと!当たってしまえば楽なものを!」 再び、複数の火球が投げられる。ケシーはそれらを何とか避けながら、サリオルの方に注意を向けた。正確には、障壁の方へ。 (もしかしたら) 「フィービット、悪い、もっかいおとりになってくれないか?」 「……どうするつもりだ?」 「聞かれると困るから言わない。まあ、体当たりするなんて馬鹿げたことはしないから」 ちらりとケシーの目を見てフィービットは答えた。 「わかった」 フィービットはケシーから離れる。ケシーは神経を集中させた。一歩間違えば、また吹き飛ばされるかもしれない。もしかしたら全く問題はないかもしれない。どちらにせよ、やってみる価値はあるのだ。 駆けた。 |
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