6.信じた戦い-3- 「どうするんだ、なんて愚問だな」 結界は消えた。そこを通り抜けてきたのであろうフィービットが後ろに立っていた。 確かに愚問だ。人に聞かれるまでもなく考えているのだ。ずっとずっと。この戦いが始まった時から。ケシーはぐっと柄を握りしめた。剣身が白銀にうっすら煌いた。剣先の血がやけに目に赤く映る。 「所詮、お主は甘いのだ。今のわらわならば、一刀の元に斬り伏せられよう?」 そういわれたところで言い返せない。確かに斬り付けておいて今更迷っている自分は甘い。けれどその甘さを捨ててしまったら、それはもう、自分を許せないと思った。しかし野放しにもして置けない。サリオルはこの魔術を使うことに何のためらいも持っていない。放っておいたらどうなるかわからない。あの、船を軽々と爆破させられるような力を。 剣先が、ぶれた。 「甘いといっておろう!」 唐突に、目の前に火球が現れた。気を緩ませすぎた。その罰なのか、腹部に直撃して、そのままケシーは吹き飛ばされる。熱いというよりも痛かった。 「ケシー!」 ケシーの方を振り向いてしまったフィービットはしまったと、慌ててサリオルの方を向くが、遅かった。ケシーよりは身構えが出来てはいたものの、やはり吹き飛ばされる。 サリオルは、なんとかその場に立ち上がりながら言った。 「わらわは動かぬ。……動けぬといってもよい。そこの黒いのもわらわを助ける気などかけらもないようじゃからのう!とどめをさしに来ればよい。さあ、来い。わらわとて、ここで死に逝くのは無念。しかし、誰かを絶望の淵に陥れつつ死に逝くのもまた一興。所詮この生は遊びのようなもの。死など怖くはない。来るがいい」 ケシーは腹部を抑えながら剣を支えにして立ち上がった。服は焼け焦げ、しっかり火傷している。間近で喰らった衝撃もしっかりダメージとして残っていた。 喉の奥が鉄臭い。一つ咳をすると、少し、血混じりだった。口元をぬぐう。医学的なことなど全然わからなかったが、体力は限界に近い。精神などとうに限界を突破している。体の状態がどうであれ、もう立っているのも限界なことはわかった。 野放しには出来ない。それはリシアの意にも絶対に反する。 (やるしか、ないのか?) 道はそれしか残されてはいないのだろうか。新たな道を模索するほどの余裕はない。ならば。 (やるしか、ないんだな) 「……辛いなら、俺が行くぞ」 フィービットが声をかけた。彼も同じくらいに、否、おとりになっていたのだからケシーより体力の消耗は激しいはずだ。 それに、彼に任せるわけには行かない。第三者の手に委ねてはいけない。 ケシーは黙って首を横に振る。 「俺が行く。……俺に、行かせてくれ」 ケシーは前かがみにサリオルを睨みすえた。向こうも傷の痛みと出血で術を最大限には使えないはずだ。剣を支えにするのをやめて構えた。 「わかった」 フィービットはそれきり黙った。 サリオルがケシーを睨む。 「来るか」 静かに、地をけった。 「わらわも尽くせる限り最大の力で迎え討とうではないか!」 思い出が過ぎる。優しい日々が過ぎる。優しいばかりではなかった。それでも、ちゃんと自分たちは親友だった。胸をはって幼馴染と言えた。初めはどこかしょうがなしに付き合っていたかもしれない。それでも結局、気が合った。一番、気が合った。だから親友だ。ただ単に長い年月を共にしたからではない。 約束が過ぎる。絶対にラナケアを助け出そうと。二人で。そしてリシアを絶対に助け出して来ると姉と交わした約束。 顔をあげる。サリオルの術が迫る。 避けて、避けて。 時に切り伏せて。 走って走って。 息をきらせて。 叫んだ。全ての思いをのせて。 火炎が迫る。 跳びこんだ。 声が聞こえた。 ――キミに、この力を授けよう―― 火炎の中、聞こえた。 ――キミが、この世界を守って―― 火炎を切り抜ける。目の前にサリオルの、リシアの姿が。 ――この、斬魔の力を……!―― 剣身が瞬間、光を帯びた。 静かに、彼女の胸に剣をつきたてた。 手が麻痺していて何も感じなかった。 ただどうしようもない脱力感に襲われて剣を抜いたきり、ケシーはその場に膝をつきそのまま倒れた。 失われ行く意識の中、最後に同じように倒れるリシアの顔が見えた。笑っていた。いつもの笑顔で。 笑い返した。 |
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