6.変わる時 いつもの時間になってもやってこないリシアをラナケアは玄関口で心配していた。 さすがに昨日の一件はこたえただろう。だから来ないのかもしれない。充分に考えられることで、これは心配したからといってラナケアが迎えに行ったりしてはいけないだろう。できるだけ、放っておいたほうがいいに決まっているのだ。 ラナケアが様子を見になんていったら、きっと無理をするだろうから。 それでも心配だった。 「あの子、こないの?」 フースが隣に立ってラナケアに尋ねる。ラナケアは唇をとがらせて頷いた。フースもどこか心配そうにため息をつく。母の心がだんだんとリシアを理解しようとする方にむかっているのは確かだ。それは嬉しいのだが、今はそれを気にかけている場合ではない。そのリシアが来ないのだ。 「昨日、あんなことがあったからね……。放っておいてあげた方が良いんじゃない?」 「うん、わかってる。わかってるけど」 「とりあえず家の中に入りなさいよ。こんなに暑いんだから倒れちゃうわ」 「……うん」 ラナケアはしぶしぶと家の中に入った。もしリシアが来ても、きっとこの扉を叩きづらいだろうと思って玄関口に立っていたのだが。そすれば、見つけてあげることができるから。 ふうとため息をついて顔をあげるとケシーと視線がかち合った。ラナケアはあからさまに視線をそらし口を固く結ぶ。ケシーもどこか居心地悪そうにしながら、しかし口をぐっと結んでいた。折れるつもりは双方ない。 あれからケシーとは冷戦状態だった。よりにもよってリシアに面と向かってあんなことを言う、その神経が理解できなかった。 夕刻になってもラナケアはまだ悩んでいた。リシアはやはり来ない。食べるものはどうしているのだろう。これでもう二食抜かしていることになる。 それに昨夜、リシアは明日また来ると、一応言って逃げるように帰っていったのだ。そう言ったからには、あの時点で来るつもりはあったのだろう。ならば来ないのはやはりおかしい。 悩んでいてもしょうがないとラナケアは家を出た。きっとあの大樹のあたりにいるだろう。 足は自然と早くなった。 朝からどうにも調子が悪かった。どうしても立ち上がる気がしなくて、気持ちもふさいでいて、あの家に仕事をしに行く気にはならなかった。しかし見放されるのもやはり怖くて、リシアはずっと木の下でもんもんとしていた。 しかし頭も何か、つまっていたものが全部抜けてしまったように軽くて、ふわふわしていて、何も深くは考えられなかった。 ありていに言えば、少々熱があるのだがそんなことはリシアにはわからなかった。 ただでさえ昼間は暑い。夕刻になり、ようやく涼しくなってきたが体は火照りぎみだった。 腹はあまり減らないが喉は渇いた。何度も頭の中にあの、力を使った時のような言葉が浮かんできた。なんとなく、求めているもの――水――が出てくるのだろうと思ったが、自分で自分に枷をはめたので使うわけにはいかなかった。あの力は使ってはいけないと。あの力のせいで全て、こうなっているのだと。そう感じたからだ。 体はだるいし、喉も渇くがどうしようもなかった。 頭がぼうっとしていた。 「……ん!リシアちゃん!」 いきなり名前を呼ばれ頭が少しはっきりとした。目は開いていたつもりだったのだが、何時の間にかつむっていたらしい。瞳を開くと、目の前にラナケアの顔があった。 怒りに、きたのだろうか。今日行かなかったから。 しかし彼女の顔に焦りと心配が浮かんでいた。どうやら怒るつもりはないらしい。そのことにほっとする。 安心したついでに喉の渇きが思い出されて、ぽつりとつぶやいた。 「み、ず……」 「水?お水、欲しいの?」 こくりと頷く。 「ちょっと待ってて、とってくるから」 言うやいなやラナケアは立ち上がり村へと続く小道をかけていき、そしてリシアがぼうっとしているうちにもう水を取って帰ってきた。 「はい。飲める?」 リシアはコップを受け取ると、口に持っていって、少しずつ飲んだ。冷たく、体中が冷えていくようだった。生き返ったようだった。 「ありがとう、ました」 「熱があったから、動けなかったの?」 「は……い。すみません、いけなくて」 「何言ってるの!熱があったなんて……もっと早く来てあげれば……」 「そんなこと」 「立てる?うちに行こう、ちゃんと布団に入って寝なくちゃ!こんなところで生活していいわけないのよ!」 「でも、めいわく」 「迷惑なんかじゃないから!」 ラナケアがリシアの腕を引っ張った。どこか力が入っていない。しかし、彼女が抱え上げるには力の入っていないリシアは重たいだろうし、肩を貸すには身長に差がありすぎた。 「だいじょうぶ、あるけます」 「でも……。そうだ、リシアちゃん杖持ってたよね、あの丈夫そうな」 「は、はい」 「ある?それ使おう」 リシアは正直言ってそれは嫌だった。あの杖とあの力は何か関係しているような気がしてしょうがなかったから。しかし迷惑もかけていられない。木の裏に置いておいた、濃褐色の節くれだった杖を取ってそれに体重をかけた。 確かに、楽だった。 「ゆっくり歩いていこうね」 空は一日の終わりを告げる色だった。星が瞬き始めていた。 目の前の光景は信じられないものだった。むしろ、信じたくないものだったといってもいい。 家が、燃えていた。 |
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