4.母娘の絆

 「あ、あとね。さっきずっとついてきてくれてたとか言ってたけど、大変だったでしょ?すごくどたばた動いてたし。……もう、大丈夫だよ。ちょっと初めは色々不安定だった……かもしれないけど、かなりすっきりしたから。まだ私はあいつらのことを追うけど、ケシーもフィービットもいるしね!」
「……リシアさん、私もです」
「え?」
 唐突に今まで碧の言葉を訳していたカーラが自分の言葉で言った。その内容に三人は目を丸くする。確かカーラには何も話していないに等しい。ただ偶然助けられただけだ。
 言葉なく次を待つ。
「私もご一緒しても……よろしいでしょうか?」
「なんで、いきなり……。カーラは俺たちが何をしようとしてるか……」
 ケシーが問い掛けてもカーラは自信を含んだ笑みを絶やしていなかった。
「知ってますよ。私もあの人たちについてはちょっと調べていたんです」
「どうしてまた」
 そもそも存在自体に気付いている人が少ないのだ。あまり表に出てこないのだろう。
 それなのにそれをカーラが知っているというのはどういういきさつなのだろうか。
 カーラは中空を見て話し掛けた。
「碧さんならご存知でしょう?妖精達があの人たちの計画に薄々勘付いていることを」
 ケシー達には碧の仕草は見えなかったが、碧は頷いていた。
「私はその話を妖精達から聞いて少し調べていたのです。妖精達だけでは何分調べにくいことも多いでしょう?だから手伝う、というような領域ではあるのですけど。それでも、妖精達と情報を交わせばなんとか最終目的まではたどり着くことができました。私も初めは耳を疑いましたが……。統べる者を復活させること。そうですよね?」
「う、うん」
「でもまさかこんな話を村中ではできないでしょう?だから、あの森……あなた達が襲われていたあの森ですが、そこで話すことに決めていました。そして今日も森に出かけたら、あの人たちに襲われているあなた達を見つけたんです」
 つまり助けてくれたあの時にカーラはすでに黒ずくめたちの正体を知っていたことになる。しかし、それにしては助けてくれた理由が曖昧だった。格好で判断していたり、そちらよりはまだ信頼できるのだろうが、碧が一緒に居るからとそういうことで判断していたりしていた。知っていたならもっとはっきりいってもよかったのではないだろうか。
 ケシーがその事について聞くと、カーラはいった。
「それは、あなた達がもし偶然襲われたという場合……もっとも可能性としては低いですが、その場合は下手をすれば巻き込んでしまうでしょう?でもお話をお伺いする限り、あなた達はもうすでに首を突っ込んでいる。……正直、人間という範囲だと私の知る限りでは誰もこのことを知らなくって、ちょっと行動に困っていたんです。だから、ご一緒してもよろしいですか?ケシーさん、リシアさん、フィービットさん」
「しかし、俺たちは狙われているらしい。さっきも見ただろう?」
「これでも私、弓ができるんですよ。腕の程は、まあ足手まといにならない程度ではあると思います。……私は、この世界が好きです。理不尽なこともあるけれど、優しいこの世界が」
 カーラの瞳には強い光が宿っている。断っても断り切れそうもないし、理由も見当たらない。
「いいんじゃない?ね、二人とも!」
「そうだな」
「異論はない」
 ケシーとフィービットもうなずく。
「ありがとうございます」
 カーラは丁寧に頭を下げた。
 リシアはやはりどこにいるのかいまいちわからない碧に向かって話し掛ける。それだけが残念だ。
「ね、聞いたでしょ。私は独りじゃない。心配ないよ」
 リシアは一度言葉を切ってから、ためらって、それを捨てて言った。
 少し照れくさくて、でも言ってみたかった言葉。
「お母さん」
 カーラは見た。碧の瞳が大きく見開かれ、涙が浮かんできたのを。そして透きとおるその腕でリシアをそっと抱きしめたのを。
 リシアは何かにそっと包まれるような感覚を覚えた。言われなくてもわかる。暖かい感覚。どこか懐かしくて、甘い。
 碧はリシアに「母親」という言葉を教えはしなかった。自分は本当の母親ではなかったから。幼い、声しか聞こえないリシアに誰何されればただ「声」とだけ答えていた。
 リシアは碧を「声」と呼んだ。自分が言ったことだけれど、しかしその言葉を聞くときに何か隔たりを感じて悲しかった。
 今、隔てるものは何もない。種族の違いなんて紙よりも薄い、壁にすらならないものだ。ただそこにいるのは、母娘だ。
『ありがとう。リシア……』
 碧の声をカーラはあえて言わなかった。言うべきではない。いわなくても充分すぎるほどににリシアには伝わっているだろうから。無粋な自分の声で邪魔することはできなかった。
 しんと時だけが流れた。

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