6.かっこいい生き方?

 「ダメじゃないって」
 突然背中にかかった言葉にケシーは驚いて振り向いた。その先には、青い髪。いつものその活発さを表しているようなポニーテールはほどかれ、夜風になびいている。
 リシアだった。
「リ、リシア!?なんでここに」
「それは私の質問だよ!ちょっと喉が渇いたなーって思って台所にいこうとしたら、居間にケシーがいないんだもん。吃驚しちゃったじゃない」
 リシアは歩み寄るとケシーの横に腰を下ろした。
 ケシーは決まり悪そうにリシアに問う。
「全部、聞いてた?」
「さすがに全部は聞いてないと思うけど」
 くすりと笑い、でも、とリシアは続けた。
「でもダメじゃないよ。ケシーが私に何もしてくれなかったなんて、そんなことあるわけないじゃん。ケシーが言ったんでしょ、昔よりも今が大事だって」
「確かに……そうだけど。俺は今も何もしてないじゃないか」
 すねたように口にする。ざざんと響き連なる波の音は心地よいのに、月の光は優しいのに、すっきりしない。
「俺は何もしてない。それに」
 いくら昔よりも今の方が大事だからといって、昔リシアにした仕打ちが消えるわけではない。言おうとして止めた。言えなかった。
 リシアはちらりとケシーを盗み見て、なるほどね、とうなった。
「なんだよ」
「皆、自分のことがわかんないんじゃないかなぁって思ったの」
「は?」
 間の抜けた声を出す。脈絡という二文字はどこかからすとんと抜け落ちた。あまりの唐突さに眉をひそめる。
「だから……うーんと、上手く言えないなぁ。不安なんだよ、皆。他人に何か言われないと。態度で示してもらえないと。カッコ悪いかもしれないけどさ、自分の中に基準はあるんだから他人の言う事なんてこれっぽっちも気になりませーん、なーんてカッコいい事言える人って少ないと思うんだ。言えても本当にそれが出来る人って本当に少ないと思うんだ。だって、私達は人と関わって生きていくんだよ。声……、お母さんも言ってたけど独りじゃ生きていけないんだよ、人って、きっと」
 リシアは一度言葉を切る。彼女自身もまとめきれていないのだろうし、ケシーもまたリシアの言わんとしていること……何のためにこんな話をしているのかその意図がつかめないでいた。
「うわー、もうなんか恥ずかしい!えっと、つまりね、人はある程度他人に認めてもらえないと不安なんだと思う。黙ってたりされると特に辛いんだと思う。例えそれが拒絶だったとしても黙っていられるよりはマシ……なんじゃないかな。実をいっちゃうとぉ、私は今日までずっと不安でしょうがなかった。二人して話には出さないように、って気を遣いまくってあの日の話を全然しないで遠ざかって。確かに変わらない平穏な日常は得られたけど、私は不安だった。まだあの日のことをケシーが怒ってたら、恨んでたら、そう考えるだけで怖かった。でも聞けなかった。平穏な日常を壊したくなくって」
 ああ、と思った。
 こんなに不安なのは、釈然としないのはリシアの気持ちを聞かなかったからなのだ。正面からぶつからなかったからなのだ。
 他人の言う事なんて気にならない。そんな事は思っていなかった。でも気になるのに本心を聞く勇気もなかった。ダメダメだ。
「ケシーもそうなんじゃないかなーって。私の長い付き合いから言わせて貰うと、ケシーは少なくとも他人の言う事気になりませんってタイプじゃないと思うんだよね」
 自分よりも他人に先に気付かれてしまったという事か。なんとなく情けない。
「そう、だな。不安だったんだ。なのにお前の気持ちも聞こうとしないで一人で勝手に不安になってたんだ。リシアが、あの時のことをどう思ってるのか……。俺がした事を、してしまった事をどう思ってるのか。確かに怖くて、聞けなかった」
 言ってしまえば、楽だったのかもしれない。初めの一言が口をついてでなくて、ずっと聞けなかった。なのに初めの一言がついて出れば、こんなに簡単に言えたのか。
「あーんな昔の事忘れちゃったもんね!……ううん、私はああいう事があったから今こうやってケシーとこんな話をしてるんだろうなって思う。あの時、私は確かにケシーが怖かった。でも今はこんな村から離れた所でさ、隣でさ、こうやって話してるんだよ?誰かさんからの受け売りだけど、昔よりも今が大事だなって思う。今こうやって話してることの方が私達には問題じゃない?ね!」
 確かに過去から連綿となってはいるけれど、今目の前にいるのは、そしてここにいるのは昔の自分達ではない。それだけはいえる。そして昔のリシアがどう感じていようと、それは昔の事にしか過ぎない。今のリシアがどう思っているのか。それを問う方がよっぽど有益だ。
 リシアは続けた。
「私はケシーに感謝してるよ。そもそもケシーが私を見つけてくれたんだもんね」
「覚えて……たのか、そんなこと」
「初めて見る自分以外の人なんて印象に残るもんなんだよ、きっと」
「そんなもんか」
「うん。で、今までのことを踏まえて言いたかったのはね。『今』っていうものの重要性を再確認して言いたかったのは、ケシーは今、動いてるって事」
 動いている。確かに動いている。きっといつもと変わらぬ日々があったなら、ケシーは今ごろラッカンスで夢でも見てただろう。それをこんな未知の土地の浜辺に座っているのだから動いているには動いている。
 だが。
「そんなの当たり前じゃないか」
「へ?」
 リシアはよっぽど予期せぬ答えを貰ったのか、気の抜けた声を出した。
「だって、当たり前だろ?そんな」
 ぷっとリシアが吹き出して、しばらくこらえていたようだが、遂に声を立てて笑い始めた。
「あはははっ!ケシーって前から思ってたけどお人好しだよねぇ!あははは!」
「だっ!何がおかしいんだよ!」
 リシアが笑うのをやめてその問いに答える。
「だって、ケシーにはもう私に付き合うような理由、どこにもないじゃん。私は……正直言っちゃうと、自分の命に危険性を感じちゃったから動いてるんだよね。まあもちろん世界をなくしたくないってのもあるんだけど、二の次だったりして。自分本位なんだぁ。でも、ケシーって自分本位な理由、何にもなくない?私みたいに命の危険があるわけでもないし、旅立ったそもそものもく的なラナケアさんだって無事。まあ、ラナケアさんのためっていうのも自分本位には入らないよね。ほら、何にもないじゃん。ただ善意で私に付き合ってくれてるんじゃない?」
 何か違う気がする。そんなことではない気が、するのだが。
 何も言い返せなかった。
 もっともかと言って、全然違うと大声で否定するまでも間違っているとは思わない。自分本位であると思うのに自分本位な理由が自分の中でも見つからない。おかしな話しだ。
「まだスッキリしないの?とにかくケシーは私よりすごいことしてる!これだけは言えるって」
 リシアは唐突に立ち上がった。スカートについた砂を軽く払うとケシーを見て、ね、と一言だけいった。海風にリシアの青い髪がなびいて、それを月が縁取る。
 自分がリシアよりすごいことをしているとは思わない。
 それでも。
 ケシーもそれにならって立ち上がった。
「ありがとな。すっきりしたよ。明日も早いしもう帰ろう」
「うん!」
 カーラの家へ向かう二人を波の音が優しく送った。

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